鋼鉄
□積載温度540℃
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温かくも、寒くもない
中途半端な温度を保ちながらゆったりと
「知ってます?桜の開花温度って16.7度なんだそうですよ」
へえー
今思えば、なんとも気のない返事をしたものだ。
実際のところ大した興味が湧かなかったというのも本当だったが、それ以上に魯粛が微かに自慢そうに、胸を張って話すのがなんとなく面白くなかった。
「聞いてます?」
「聞いてる聞いてる」
実際、魯粛が私邸の中庭にあるその桜の木を見上げるその眼差しは何処か優しげで、大層お気に入りなのだろうことは容易に知れた。それがまた面白くない。
「一般的に15℃以上の日が約二十日間以上続くと開花するんですって!」
「ふーん」
適当に相槌打ちながら、喉まで出かかった言葉を飲み込むために丁寧に束ねてある竹簡の紐を順々に解く。あとで気付いた魯粛は怒るだろうが、承知の上だ。
早く気付いて馬鹿みたいに慌てればいい。しかし机の上に綺麗に山を作っていたそれを半分ほど崩し終わっても、魯粛は桜に夢中で気付かない。
「咲くまでにあとどれくらいなんでしょうねー」
視線の先の桜はまだ蕾のまま芽吹いてすらいない。最近はようやく暖かくなってきたばかりだ。まだまだ先は長いように思える。
温かくもなく、寒くもない、そういう温度を保ちながら芽吹くのをじっと待っているのはさぞ心地が悪いことだろう。
「…こっちが聞きたいよ」
「え?」
呟いてしまってから失敗したと思った。目を見開いてこちらを見つめてくる魯粛に柄にもなく恥ずかしくなって、目をそらす。
「なんでもないよ」
「?」
「…早く咲くといいね」
魯粛は気付いただろうか。否、首を傾げているところを見るとそれはないだろう。
しかし未だ向けられたままの視線に耐えられなくなってまたもや余計な事を口走ってしまったらしい。瞬間、魯粛がぱっと顔を輝かせた。
「咲いたらお花見しましょう!」
「え…」
からん、と音を立てて紐を解いた竹簡が手から滑り落ちる。あ、と思った時にはすでに遅かった。
「…別にいいけど」
「実が出来たら趙雲にも分けてあげますね」
どうでもいいけど、アンタはそういう無駄な雑学を一体どこから調達してくるの
【積算温度540℃】
気付いた時には咲いてる
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またもや桜ネタ。PCに眠ったまますっかり忘れてたのをサルベージしました。