鋼鉄

□一握りの心
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利用されようとしているのか、それとも、この人は本当に何かを求めてきているのか。それすらも今の魯粛には分からなかった。

「何を迷っているのです」

「ッ…」

触れてはならない、なんとなくそう思ったその瞬間、頬にひやりとした感触が触れてきた。孔明の手だ。

びくりと震えた身体は一歩、下がることすらできなかった。


いつも掴めない。

何をしても、今こうして手に届くところにその身体が、ぬくもりがあっても。

――いつでもこの人の一番の理解者でありたい。

こんなにも強く、そう思っているのにも関わらず、この人の心はいつも違うところにある。


「どうしました?」

冷たい掌が頬を撫でる。
孔明はいつものように笑っていた。何処か暗い光を宿したその瞳に、理不尽に吸い込まれそうになるのを魯粛は必死に耐える。

「…何故、とお聞きしても、よろしいですか?」

声は相変わらず震えていたが、今はそんなことは気にならない。


いつもならこんなことは聞かなかった。
例え利用されるだけであっても、それで何か孔明の役に立てるのならそれで構わなかった筈だった。

――何も手にしていないにも拘らず、いつから自分はこんなに貪欲になったのだろう。

ふとそんな想いが頭をよぎったが、その瞬間、唐突にこの違和感の正体に思い当たった。

「貴方が嫌だと言うのならば、無理強いはしません」

それは誘うような、明確な意思を宿す孔明の瞳を見て、なお確信へと深まる。
同時に胸が、焼けるような痛みに襲われた。






「…何故、何も話してくれないのです?」


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