鋼鉄
□彷徨
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手を離された凧は何処へ飛んで行くのだろう。
少なくとも諸葛瑾はそれに、『自由になって空へ羽ばたく』などと言う明るい感想は持ってはいなかった。
己の内に吹き荒ぶ風に巻かれて空高く舞い上がるのか。しかしそれは凧にとって望むべくことではないだろう。地を離れ、舞い上がったとて、更に頭上高く輝く星に手が届くわけではない。それを凧も分かっているだろうことは長い付き合いをしてきたうえで既に明白だ。
中途半端に空に舞い上げられた凧は何処へ行くのか。不安定に揺れる笑みを浮かべたまま隣りに立ち尽くす男を見て、諸葛瑾はもう一度考え直した。
「呉は、変わりましたね」
その男の口から零された呟きはまるで既に全てが終わったかのような響きが含まれていた。しかし周りには誤解を生まないよう、意識して無理やり張り付けたのであろう、彼らしくないその笑みが諸葛瑾には酷く痛々しく見えた。
「これから変わっていくんでしょう。アタシ達が変えていくんだよ、魯粛サン」
アタシ達――当然隣りの男も含めてのその言葉に、男はハッとしたように一瞬、目を見開いて直ぐにそれを静かな笑みにすり替えた。
「そうでした。…そうでしたね、悲しんでいる暇などありません。いつまでもそんなことしていたら提督に怒られてしまいます」
そうしてまた直ぐに、今度は悲しみに暮れていたというような物憂げな表情を作る。
諸葛瑾にはやはり、それが手を離された凧の如く、酷く不安定に揺れているようにしか見えない。
離された糸が今どの辺りにあるのか。願わくば伸ばした腕が届くことを祈りながら、諸葛瑾は答えのない青い空を見上げた。
end.