鋼鉄
□春風
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昼、あんなにも暖かかった陽の光はすっかり影を落とし、温められた石造りの回廊の床は熱を手放し本来の冷たさと硬質さを取り戻していた。
静かな月の光を反射して銀色に光るそれが酷く目に眩しい。
まるでそれから目を逸らすように星空を見上げて、魯粛はそっと息を吐き出した。白く吐き出される体内に残っていた微かな熱が冷たい夜風に晒されて消える。
「今宵は星が綺麗ですね、魯粛」
「えぇ…、まるで貴方のように」
――孔明様
名を呼び掛けて、口の中にそれを止どめる。
この熱と同じく、口に出しても、冷たい空気に流されて消えるだけなのだろう。
こんなに近くにいるのに手を伸ばしても触れることが出来ない。
あれほど焦がれた孔明の隣りにいるにもかからず暗く沈む己の心に気付いて、魯粛は思わず苦笑した。
「星とは、また私も随分と大きなものに喩えられたものですね」
繊細に、笑う孔明。
諸葛瑾はそんなふうには笑わない、なんていつの間にか孔明の中に諸葛瑾の面影を探してしまってさえいる。
あの穏やかさがほしいなら、
癒しがほしいのなら、
それもまたいいのかもしれないが。
「私は、貴方の強さと美しさに心惹かれたのです」
「…どうしたのです?藪から棒に」
「いえ、久しくそうした思いを感じていなかったな、と」
傷ついたとしても求めることを止めることなど出来ないのだろう。
「貴方に出会えてよかった…」
――子瑜殿
ほんの数秒、目を細めて、
魯粛は初めて見上げ続けていた天上の星から目を背けた。
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