鋼鉄

□トレモロ
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「し、失礼します…っ」

庵の縁側に正座した孔明の膝に、魯粛は震える声で律義に小さく頭を下げ断りを入れた後、そっと横になった。

彼には、体温があるのか。

もっとも生きているのだからあるのは当たり前なのだが、そんなことを気にしていた筈の魯粛は現在、高鳴る胸に激しい緊張を覚えていて、それどころではなかった。

正直、自分の心臓が煩すぎて彼の体温がどうとか、気にしている余裕は全くない。

「そんなに堅くならず、もっと力を抜いて…」

流石に見兼ねたのか、あやすように囁かれて魯粛はようやく少し力を抜くことに成功する。そうしてしばらくするうちに、ようやく夜風の冷たさと孔明の体温を感じられるようになってきた。

視線を、微かに上げると満点の星空。
頬の下にはずっと触れてみたかったぬくもりがある。

これ以上の幸せはないように思えて、魯粛は小さく息を吐いた。




「孔明様は星が怖いと、お思いなのですか…?」

思わず本音を繕わずに聞いてしまったのは、今のこの時があまりにも幸せで、嘘ではないかと疑いたくなったからに違いなかった。

「…何故、そう思うのです?」

一瞬、口にしてしまってから気分を害してしまっただろうかと不安になったが、返ってきた声は先までと穏やかなものだったので安心する。

「先程、星が気になる、行く先を案じている…、と。考えていることが知りたいのです。貴方が感じている不安が、私にはいつも見えない…」

「先を案ずるのは生きて行く限り、誰もが同じこと。私は不安なのではありませんよ…。目に見えるこの先を、憂いているだけです…」

「憂いて、いる」

孔明の言っていることは分からなかった。彼の見ている先とは何なのか。少しでも力になりたいのに。

きっと上手くはぐらかされて、聞いたって何も答えてはくれないのだろう。やはり、いつだってこの手は届かないのだ。

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