鋼鉄

□トレモロ
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――私も、不安なのです、孔明様

言いかけて、止めた。

代わりに首筋をさらう冷たい風に肩を竦める。身体全体を縮こませるように袖に隠れた手を口許に引き寄せて丸まれば、抜けていくばかりだったぬくもりが体内に止どまる気がした。

「…頭を、撫でて頂けませんか?」

今はこの幸福だけを享受していたい。横向きに目の前に広がる竹林を見つめながら、呟く。無視されるかもしれない。或いは聞こえていないかも。それほどの音量だった。

しかし数瞬と経たず、滑らかな手の感触が髪に触れ、ゆっくりと梳き始める。

小さく息を吐き出して、目を閉じれば、やっと上から微かな笑い声が降って来た。

「本当に今日は、…甘えん坊さんですね」


その穏やかな声に、一人の少年を思い出す。あの紅き若武者は、いつもこの人のこんな声を聞いているのだろうか。そう思うと、途端に胸が苦しくなった。

届かない、どうあっても
このぬくもりは

「今日だけです。本当に……今日だけですから」

小さく呟いて、顔を膝に埋めた魯粛には煌々と輝く不吉な紅い星は見えなかった。




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