鋼鉄

□ドSの真情
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その迷惑そうな顔が堪らない。
笑顔より泣き顔が好きだ。

そう思う僕はきっと、世間でいうところのドS、なんだろう。






そう言ったら全力で否定された。…意外だ。

「だってそれってさ。要するにー、他の人には見せない特別な顔を自分だけが知ってるっていう、優越感でしょ?」

そんなの、好きな人に対してだったら誰だって持ってるよ。

ピンクアフロに聞いた僕が馬鹿だったんだとしても、この答えは納得いかない。だって仮に馬鹿みたい互いに好意を寄せあってるあの義兄弟が笑い合うみたいに、魯粛が僕に向けて、他の誰にないくらい優しく笑ったとしても、僕は別にドキドキしたりしないから。

世間一般で言う『好き』という言葉がそういった生暖かいもので構成されているのだとしたら、僕の魯粛に向ける感情は明らかにそれとは別物だ。



「趙雲――…?」



戸惑ったような声にハッと我に帰る。
薄暗い閨の中、夜明けにはまだ少し時間が掛かる。いつもだったら大抵は事を済ませたのち、朝まで待たずに帰るのだが、今日は考えごとをしていたからか何となくその場に止どまっていたのだ。

思わず動きを止め、そちらに目線をやると、丁度無意識に弄っていたらしい魯粛の髪が指先からスルリとこぼれ落ちるところだった。

「何?」
「い…え、その、」

どうやら髪を弄り過ぎたらしい。どう言おうか迷っている様子で、視線をうろいろと彷徨わせる魯粛の頬は困惑からか、ほんのりと赤く染まっていた。

「ぼーっとしてるので…珍しいと思って」

ハの字に寄った眉から推測するに、つまりは『どうかしたのか』と問いたいらしい。確かに魯粛の前でこんな無警戒に思考を飛ばしたのは初めてだった。どうにも昼間の会話が頭に引っ掛かっているらしい。

「何、僕がぼーっとしちゃいけないっていうの?」
「いえ、そうじゃなくて…」

再び髪を掬ってわざと指先で弄ってやると、魯粛はちらりとそちらを見やってから、直ぐに視線を落とした。その行動が照れを必死に隠そうとしてのことだと悟って、思わず口の端が上がる。

「今のアンタの髪、僕は好きだよ。いい匂いするし」

言って魯粛の身体を引き寄せて、頭に顔を埋める形で背に腕を回す。そのままわざと確かめるようにゆっくり息を吸い込むと、余韻のせいか魯粛の身体がびくりと震えた。

「…変な帽子で隠すの勿体ない」
「へ、変なは余計なお世話です!」

魯粛の髪からは甘い匂いがする。
少し前までは孔明様と同じ匂いがしてたから、諸葛瑾に分けて貰ったというあの香油を使っていたんだろう。
香りまであの人に取られたような気がして、何となくそれが気に入らなくて、
市で見つけた全く匂いの違う香油を押しつけた。しばらくの間は匂いが変わらなかったから苛々して通うのを止めていたら、最近はいつの間にかあげた香油を使い始めたらしい。

腕の中で小刻みに震える身体は見れば耳まで真っ赤だった。きっと、顔はそれ以上に真っ赤で、目は泣きそうに潤んでいるんだろう。

「ねえ、顔見せて」
「っ、」

思わず想像してクックと喉を鳴らしながら意地悪く耳元で囁けば、魯粛は身体を震わせながら観念したとでも言うようにゆっくりと顔をあげた。

「…ぜ、絶対にからかってるでしょう」
「さあ?」

予想通り泣きそうに潤んだその目尻に明日はどうやって泣かせようか考えながら唇を落とす。

いつも澄ましてる人間が、自分に対してだけ慌てふためくとか、嫌そうな顔するとか。

やっぱりこれはそう言ったことの延長で、それ以上も以下もきっとない、筈だ。

(…信じたくない、だけかもしれないけど)

明日は縛ってみる?と笑顔で提案すれば、魯粛は信じられないとでもいいたげな顔で絶句した。




【ドSの真情】



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ドSな趙雲が書きたくてやった、のに趙雲がなかなかドSになりません(無念)
 

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