鋼鉄

□宵の城
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【宵の城】





宵の月が深い闇を照らしだす。自分のように夜目が効く者でなくとも充分に足下を確認出来るような明るい夜だった。

回廊の端に漏れだしている明かりに誘われるようにその部屋に近付いたのは、用事があったからなどというわけでもなければ、別段、そこの部屋の主に好意を寄せていて会いたくなったから、とかいう理由でもない。敢えて言うならば暇を持て余していたのだ。

呉の地に入ってからというもの、自分の主はどちらかというと自ら動くことの方が多く、自分にはやることが回って来ない。数日前まで目の前でちょろちょろと動き回っていて、五月蠅いと感じていた陸遜もいざ居なくなってみるとアレでも暇潰しぐらいにはなっていたのだと思ったほどだ。

――暇潰しになればいい、

その程度の気持ちだった。
そんな理由でこのような深夜に訪ねられたほうの人間は堪ったものではない、などという常識は頭の隅にも浮かばなかった。


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