帰りの夕日な文!

□塩辛い
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(剣←河…かもしれない?)









 手の中でぎゅっと握り締めたはずなのに、開いてみればばらけてしまった。

「(案外難しい…)」

米粒だらけの手。河井は手を口元まで持っていくと米粒ひとつを口に含んだ。味も少し塩辛い。あんなに美味くなるにはどうしたらいいのか、河井は考えるのだが頼る相手もこの場にいなかった。今朝から台所を借りて一人、黙々とおにぎりを作っているのだがどれもうまくいかない。皿の上にはくずれたおにぎりが並んでいた。

「(おにぎりも練習をしないと作れないものなんだな…)」

ボクシングみたいに経験を積むように、おにぎりも練習が必要らしい。河井は肩を落とした。そもそもなぜこんなに頑張る必要があるのだろうか。考えながら河井はまた手についた米粒を食べる。やっぱり塩が多い。

「はぁ…」

「何やってんだ」

声に出すほどの溜息をした直後だった。台所に入ってきたのは剣崎である。今朝はいなかったはずだが、ふらりとやって来たのだろう。河井は一瞬肩を揺らしたのだが、剣崎には気付かれなかった。剣崎は河井の横に来ると何を作っているのか覗く。そこには決して形は良くないおにぎりが数個皿にのっているのを見て、口の端を上げる。

「フッ、へたくそ」

一目見て剣崎は言い放った。河井は睨み付けるが、すぐに自分が握っているおにぎりに目を移した。

「ピクニックにでも行くのかよ?」

「いいえ」

「じゃあ、何でそんなに作ってんだ」

「別にいいじゃないですか」

話しかけられながら河井はおにぎりを握った。手を開いてみると同じようにばらける。それを見かねて、剣崎は水で手を洗ってから炊飯器に入っているご飯を手に取った。この時、河井は驚いたが何も言わず彼の行動を見ていた。剣崎は黙ったまま手の中でおにぎりを握る。次に手を開いた時には、整った形のおにぎりが出来ていた。ばらけてもいない。

「…っ。……。」

あまりにも上手に作るものだから、河井は褒めそうになったのだがあえて言わなかった。言ってしまえば、きっと剣崎のことだ。得意げな顔をするのだろう。河井は褒めなかったが、案の定剣崎は得意げな顔をこちらに向けるので褒めても褒めなくても一緒の結果だった。

「おめぇのは水多すぎなんだよ」

「…よく作るんですか?」

「いや、菊の見よう見真似だ。フッ、俺は天才だからな。何でも作れる」

自分で作ったおにぎりに剣崎はかぶりついた。おにぎりを食べる姿を見て、河井は瞳を揺らす。確かに先日、竜児の姉の菊が持ってきた差し入れのおにぎりは形が綺麗で味も美味かった。その時の彼女が作ったおにぎりを食べる剣崎の嬉しそうな笑みが忘れられない。不味いだの、田舎臭いだの言っていた剣崎だが完食していた。それが羨ましいと思ったり、嫉妬したり。だからにおにぎりを作ってみたわけなのだが上手くいかない。きっと彼女は愛を込め、優しさを入れて作ったに違いない。なのに、自分ときたら。

「(こんな気持ちで作るおにぎりが美味いわけがない…)」

彼の笑顔が見たいだけの、愛情にも似た嫉妬。
河井は持っていたおにぎりを皿に置いた。置くとさっきよりもばらけ、形も崩れる。河井はせっせと片付けをし始めた。

「なんだ、もう作らねぇのか」

「えぇ」

作ったおにぎりは後で自分で食べよう。すぐそばにあったフードカバーを皿に置こうとした時だった。剣崎の手が不恰好なおにぎりにへと伸びる。手に取り、食べ始めたのだ。

「塩が多いな」

そう文句をたれながら、剣崎は食べきるとまたひとつおにぎりを取り食べる。

「どうしたらこんなに不味く作れるのかわからねぇな」

こんなに文句ばかり言っている剣崎に対し、河井は何も言わない。口が震えて何も言えなかった。言葉と行動の矛盾した剣崎。河井は小さく微笑んだ。文句を言われているのに嬉しい。

「すみませんね、次はもっと上手く作れるよう頑張ります」

「フッ、どうだかな」

「少しは期待しててくださいよ。あなたを驚かせます」

次こそは嫉妬なんかじゃなく、純粋な想いで作るから。

「そいつは楽しみだな」

剣崎は手についた米粒を舐め取ると、目を細めながら微笑んだ。
河井も自分が作ったおにぎりを手に取り食べる。やはり美味しくなかった。あの美味いおにぎりには程遠いだろう。塩辛いし、形も良くない。しかし、皿を見てみるとその不味いおにぎりはいつの間にかひとつも残っていなかった。















塩辛い




















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順ちゃんはなんでも出来る子。
120705

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