帰りの夕日な文!
□そんな関係性
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(剣河)
頭の中で警報が鳴り響く。
この場から去らないと行けないと頭の中では考えているのに、体が全く動かない。じっとりとした嫌な汗が首筋を伝う。
「剣…崎…」
呟くようにその名を河井は言った。トレーニングルームを開けたそこには剣崎と、もう一人知らない女が立っていた。年上の綺麗な女性だった。そこまでならまだよかったのだろう。しかし、河井が見た光景は剣崎のワイシャツが肌蹴ていて露になった胸にはうっすらと汗が妖しく光っていた。そして、この熱い空気と嫌悪感。女の赤い口紅がねっとりと光る。なのに、剣崎はいつもの涼しい顔でこちらを見ている。なぜ何も言ってくれないのかと、河井は呆然としていたが我に返ると足を一歩後ろに下げた。
「失礼しま、した」
目を逸らせながら河井は扉を勢いよく閉め、行く場所も考えていないのに廊下を走った。
「ねぇよかったの?」
河井が走って行ったあと、女が赤い唇を弧にして剣崎に聞いた。
「なにがだ?」
「見られたじゃない?ふふふっ」
女は笑う。剣崎は同じ涼しい顔をしている。この女性は剣崎家の何十人いる中のメイドの一人だ。合宿所にいる剣崎に家の伝言と荷物を届けに来たのだが、あろうことか剣崎を誘惑したのだ。強い男に女は惹かれる。女はゆっくりと剣崎を抱き締めた。
「あの子綺麗な子よね。ねぇ、わたしとあの子どっちの方が綺麗?」
剣崎の耳元で吐息を吐く。それだけで甘い空気が漂った。女の長い睫毛が何度か瞬きをし、誘う。ようやく剣崎はにやりと笑うと女の耳元でこう言ったのだ。
「あいつ」
見る見るうちに女は目を大きく見開いて剣崎を凝視した。その気になっていた女の腕はだらりと下がったのと同時に顔を引きつらせた。さっきまでの色気もない。自信を壊され、唇を震わせる。剣崎はワイシャツのボタンを閉め、襟をただす。まるで何もなかったかのように。
「な…なによ!わたしの方が綺麗じゃない!」
女は確かに見た目は美人な部類だ。綺麗な髪に、整えられた爪、鮮やかな唇、しかしそれは外見だけに過ぎない。
「それにわたしはあなたのことを愛しているのよ!」
「喚くな。それに愛してるなんて軽々しく口にするんじゃねぇよ。フッ、とっとと失せろ」
プライドを潰された女は酷く喚いたが、剣崎が女を見ることはなかった。美しさも綺麗さも今は微塵も感じない。本性を表したかのような魔女だ。
「(フッ、あいつの方が何十倍も綺麗だ。笑い方も、ボクシングも、熱い魂も。今頃あいつ呆れてるかもな)」
これからどう勘違いを解こうかと剣崎はうっすらと考えていたのだが、女が再び喚く。キンキンとした高い声に多少苛立ちを覚えたが剣崎は無視を決めこんだ。すると、女は嘲笑った。
「じゃあ、わたしあの子に手を出そうかしら!?所詮男なんて―…!」
ドン!と凄まじい音が響いた。何が起こったのか女は状況を飲み込めていない。恐る恐る音が鳴った壁を見れば、なんとそこにヒビが入っているではないか。女はようやく理解した。剣崎が拳を壁に放ったのだ。剣崎は手についた砕けた破片を払う。静かな行動だが、目には恐ろしいほどの冷たさを放っていた。女は恐ろしくなって後ずさりする。しかし、剣崎が逃すはずはなかった。ゆっくりと近付き、女の耳元で剣崎は囁いた。
「人のモンに手ぇ出す覚悟があんのなら受けてたつぜ。だがよ、おめぇにその覚悟があんのかよ?」
・
「ここにいたか」
トレーニングルームから出てきた剣崎は河井を探し当てた。といってもすぐに見つけれたのは確信があったからだ。きっと書斎にるだろうと思い、行けば河井はちゃんとその場にいたのだ。これも相手のことをわかっているからこそ。河井は何か分厚い本を机に広げていた。
「もうあの人はお帰りになったのですか?」
「フッ、帰った帰った。」
「そうですか」
表情を出さない河井だが、うっすらと言葉にトゲがある。仕方がない、あんな光景を見せてしまったのだ。剣崎は後ろから河井の首に腕を回した。しかし、河井は振り向くこともなく本を見つめている。
「あいつとはなんにもねぇよ。お遊びに付き合っただけだ」
「はぁ、そうですか」
呆れている声だ。すると、剣崎はあることに気が付き、にやりと口元を緩ませる。
「俺があの女に手出すわけねぇだろ?」
「それはわかってますよ」
「大した自信じゃねぇか」
「だって、…ね?」
ようやく河井が剣崎に顔を向けるとうすく微笑む。河井が目を伏せたのを合図に剣崎はキスをした。触れ合うだけの軽いキスだが充分嬉しい。
「剣崎のことはよくわかっているつもりなんで」
信頼しあっているからこそ河井は剣崎のことを十分わかっている。剣崎も同じ心だ。もう一度キスをするが今度は深いものだった。室内に水音が響く。呼吸をするために顔を一旦離すと、剣崎のにやりとした笑みは続いていた。
「そう言ってるわりに本が逆さだぞ、フッ」
さっき気付いたことはこれのことだった。机にある本は見事に逆さになっていた。思わぬベタな失敗に河井は唇を噛み締める。冷静さを見せていたが、初歩的なミスを犯していた。それに気付けないほど動揺してしまっていたらしい。河井は肩を一度下げた。
「だって、あんな場面見たらそりゃあ動揺くらいしますよ」
「不安だったか?」
まるで子供のように今度は河井から剣崎を抱き締めた。小さな嫉妬心だ。取られまいと強く抱き締めるその力は居心地が良い。
「…少しだけ。これから僕を安心させてくれませんか?」
「フッ、いいだろう」
そうして剣崎は満足げに笑った。
そんな関係性
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半年以上ぶりの更新です。剣河が大好きです。
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