甘い空気な文!

□君は隣で囁いて
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(阿修羅後の話)











 足を踏ん張った。次は右足を踏み込んだ。その次は左足。これを何度繰り返したかなんて覚えてるはずがない。アスファルトの上を竜児は歩いていく。

「高嶺くん、休憩しましょう」

竜児の背中にいる河井が耳元で囁いた。なんだかそれがくすぐったくて竜児はふふっと笑うが口元に貼ってある絆創膏が邪魔をする。両足を同じ位置に並べてから竜児は振り向いた。すぐ近くに河井の心配している顔があったのでそのままキスをする。

「そうしよっか」

二人は名前も知らない公園で休憩することにした。竜児は背負っていた河井をベンチに下ろすと竜児も横に座る。春から夏に代わろうとしている季節だが、夜はまだ寒い。ただ竜児だけは額に汗の粒があった。それを乾かすように河井が被っていたキャップで扇ぐ。これは竜児のキャップだ。今着ているスカジャンもジーパンもすべて竜児のだ。キャップを取ると頭に巻いてある包帯が見えたが、深夜だ。人目を気にしなくていい。

「ありがとう」

竜児は爽やかに腕で額の汗を拭った。袖の中には包帯が巻いてあるのが見えた。指まで細かく巻かれている。それが痛々しく河井は竜児の腕を掴むと顔を俯かせた。

「すまない」

何度も聞いた謝罪だ。この怪我をした腕は河井を助けるために使った。ただそれだけのことだ。竜児は首を横に振るうと優しく微笑んだ。

「気にしないで」

掴んでいた手に竜児は手を添え、それから二人は手を握り合った。もう竜児に額の汗はない。冷えきってきたせいか二人は寄り添った。公園の時計は十二時を示そうとしていた。

「今病院じゃあ大騒ぎだろうね」

「そうですね」

入院をしていた二人は竜児が明後日退院を、河井は一週間後退院が決まっていた。それだというのに二人は外へと飛び出した。病み上がりの河井は途中息を切らしてしまい、それで竜児は河井を背負ってここまでやって来たのだ。都会ではない田舎町は静かだ。公園の真ん中はいまや二人の世界だ。

「石松が騒いで、志那虎が探そうって言い出して、剣崎はなんだかんだで俺たちを探す手配とかして」

「総帥もきっと一族総出で僕たちを探してますね」

「姉ちゃんもみんな心配してるだろうなぁ」

「姉さん…えぇ、心配していますね」

胸が痛む。皆に心配させていることはわかっている。戻れば怒られ、泣かれるに違いない。竜児は苦笑を浮かべた。

「後悔してる?」

「そんなことは…。いえ、少し」

河井は眉毛を少し下げながら小さく笑う。ふふふっ、と竜児も同じように眉毛を下げ笑った。

「俺も。みんなに心配掛けてることが気になって」

やはり家族・仲間のことが気になる。それでも二人にある衝動は抑え切れなかった。だから、ここまで二人は来れたのだ。

「今から帰ります?」

河井が冗談っぽく話す。竜児はいつものように困った笑みをする。

「えーそれは嫌だなぁ。河井さんが海を見たいって言ったからここまで来たんだよ」

「いえ、行動に出たのは高嶺くんですよ。いまから行こうなんて言い出して」

「うんうん、それで家出みたいだねって言って」

「このまま駆け落ちしようってなって…」

一瞬辺りに音がなくなる。二人で手を握り合って病院を抜け出した時、どきどきした。外へ出た瞬間の開放感、期待感に二人は胸を膨らませた。今もそれは変わらない。しかし、竜児は目を伏せた。

「入院中毎日河井さんと会っていたのに明後日から会えなくなるなんてと思うと嫌だったんだ」

「僕も同じです」

ただそれだけのことで二人は飛び出したのだ。いや、二人にとっては重要なことだった。ずっと一緒にいたい、その想いだけで二人は行動に移した。

「もっと準備してからにしとけばよかったかな。後先考えれば…」

「いえ、僕は先を考えていますよ」

やけに自慢げだ。竜児は首を傾げた。

「アルバイトするってこと?」

「いえ、そういうことではないんです」

体ごと河井は竜児と向き合うと握っていた手を両手で包んだ。

「明日も明後日も君がいることです」

やや頬を赤らめ、幸せそうに河井は微笑む。不意に言われた言葉に竜児は驚いたが、満足そうに笑みを浮かべると河井の鼻先まで顔を持っていった。

「俺もずっと河井さんといることを想像しているよ」

竜児は微笑むと河井とキスをした。
海に着いた後、どうしようかと話した。どこか空き家でも見つけてお家にしようか、お金を稼ぐためにアルバイトをしよう、それなら新聞配達をするよ、家事は分担しようか、じゃんけんで、そんな物語を想像して二人の夢は大きくなってゆく。そう簡単に事を運べないことは無理だとわかっているつもりだ。でも、想像するだけで二人は幸せだった。こうして夜はふけていった。いつの間にか寝てしまった二人は、朝日の眩しさに目を覚ました。河井は昨日は体調が悪かったが、今朝は体調がよく竜児と並んで歩いた。二人は簡単にパンだけを売店で買って食べたり、数時間おきに休憩したりしながら前へと進んだ。すると、風に乗ってか潮の匂いがする。もう海は近いのかもしれない。二人は嬉しくなって手を握り合いながらひび割れたアスファルトの上を歩く。そこへ一台の高級車に前を遮られた。車から降りてきたのは二人がよく知る人物、剣崎だった。竜児は包帯が巻かれた手で、河井の手を力強く握る。それに答えるように河井も離すまいと手に力を込めた。









「もう少しだったのにね」
と君は隣で囁いて








二人の駆け落ちは海に着く前に終わったのだった。



















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若気の至り!ずっと書きたかった駆け落ち話です。本気で駆け落ちして、でもどこか無理だとわかってて、でも好きだから行動にでちゃった二人の話。
110610

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