甘い空気な文!

□レックス・
1ページ/1ページ

(文化祭編その2)







 幼い頃はそれはもう女顔のことで河井は馬鹿にされれば姉に泣きついていた。「なぜ僕は女の子みたいなの」と何度も泣いて姉を困らせていた。河井にとって恥ずかしい思い出である。その思い出をなぜ思い出したかというと黒板に河井の名前がチョークで書かれたからだ。

「39票で河井くんがクリスティーヌ役に決定しました〜!」

文化祭。河井のクラスの出し物は演劇でオペラ座の怪人である。そのヒロイン役のクリスティーヌ役に河井が抜擢されてしまったのだ。ショックのあまり顔を青ざめる河井。ちなみに39票とは河井を入れずのクラス全員分である。組織票ではないかと河井が愕然とした。拍手喝采の中、ふと視線を感じその方向を向けば剣崎がニヤニヤと笑っている。無性に腹が立って仕方がなかったが、脱力感に見舞われてしまった。





「ヒロイン役なんてすごいではないか」

廊下でたまたま会った剣崎の双子の妹・殉は明るく励ましてくれた。剣崎の妹というのは顔だけで、性格は本当に似ていない。天使と悪魔の違いぐらいだ。

「ヒロインだから嫌なんですよ…」

河井の肩は下がったままである。手には使い古した台本を持っている。役が決定してからずっと演劇の練習だ。昨日なんて女子生徒らが河井が着るドレスを作って持ってきた。受け取る時には河井は笑顔だったが手が震えた。真っ白いドレスにレースがついた綺麗なドレスだ。明日このドレスを着て舞台に立つのだ。一回きりならよかったものの、剣崎が舞台の宣伝になるからと言ってドレスは一日中着ることだと言い出したのだ。もちろん断った。断ったが剣崎の後ろにいる女子生徒らの喜びようといったら、聞く耳持たずである。その経由を話すと殉は乾いた笑いをする。さすがは兄の考えることだ。

「総帥のクラスは確か正門のアーチ作りでしたね」

河井は話を変えることにした。ちなみに"総帥"というのは殉のあだ名である。殉は生徒会に所属している。リーダー的な存在なためか生徒会仲間が総帥と呼んだのがきっかけで、今では一般生徒にも定着している。

「もう完成間近だよ。そうだ、文化祭はもちろん高嶺くんと回るのかい?」

殉は期待に満ちた顔を向ける。しかし、河井は形の良い眉を下げた。

「いえ、それが…誘っていないんです。それに演劇をすることは伝えてますが、役は言ってません」

「え?なぜだい?」

「その…っ、やっぱり役が恥ずかしくて」

河井はめいいっぱい恥ずかしがった。もちろん竜児と文化祭を回りたかったのだが、ドレスを着た彼氏とだなんて恥もいいところだ。女装がバレてしまうのが嫌で、つい竜児と会えても足が勝手に逃げてしまう。廊下で会うたび逃げ腰の自分だというのに、すれ違う度に明るく手を振ってくれる竜児に愛しさがこみ上げてくるばかりだ。
幼い頃からこの女顔のコンプレックスがあるのは変わっていない。姉に泣きついていないだけだ。ただ泣きつかなくなったのは理由がある。竜児と出会ったからだ。顔を馬鹿にされ泣いていた自分に幼かった竜児は頭を撫でてくれた。「いたいのとんでけー」と優しく言った彼女が今でも忘れられず大切な思い出となっている。その時から河井は竜児が好きだった。だから、泣かなくなった。竜児にふさわしい男になろうと思ったからだ。しかし、その反面竜児には弱い自分を見せたくない。

「(会いたいのに、しゃべりたいのに…)」

「高嶺くんに?」

思っていた言葉だと思っていたがうっかり呟いてしまってたらしく、殉にはしっかりと聞こえてしまった。河井は顔を赤くした。殉は優しく微笑む。

「会いたいのならファントムみたいに会いに行かないかい?」

クリスティーヌに恋して、地下から光ある場所に出たオペラ座の怪人ファントム。

「その通りだ」

この声は、と二人が振り向けば真ん中を割って入ってきたのは殉の兄・剣崎であった。一気に廊下は狭くなった。事の原因を作った男に河井は目を細めて嫌な顔をして、殉はにこにことしている。

「フッ、俺はおめえにそのコンプレックスを克服してほしいから1日女装を提案してやったんだ。1日すれば外見なんて気にならなくなんだろ」

「あなたが楽しいだけでしょ!」

持っている台本で軽く剣崎の頭を叩いた。それだというのに、横にいる殉はぱあっと顔を明るくさせる。決して頭を叩いたことに喜んでいるのではない。剣崎の案に賛成したからだ。

「兄さんの言う通りだ!河井くん!女装で高嶺くんに会いに行きましょう!きっと克服出来るに違いない!」

殉の説得に河井はぽかんと驚いている。さすがは生徒会の説得である。ただ少し話がずれていないだろうか。双子の意見は同じなのだが意味は違う。殉は純粋にコンプレックスが克服出来ると思い、順はただ面白がっている。すると、河井の肩に剣崎が腕を回してきた。

「フッ、よえぇ部分を見せ合ってこそ付き合ってるっていうもんだぜ?」

そういうものなのか、と河井は疑問に思ったがあえて言わなかった。こんなところで双子の考えが合致してしまうとはやはり兄妹である。ただ二人が言うことには一理ある。女装を気にしすぎなのかもしれない。そんなことよりも竜児に会いたい気持ちの方が大事だ。

「確かにクリスティーヌの格好に罪はないですものね」

河井は肩を上げて笑みを浮かべた。それから自分に決意づけるかのようにうなづいた。さあ明日、彼女はファントムをどう思ってくれるだろうか。










コンプレックス・ジェントル 2














------------
影道は生徒会。生徒会設定が出せてよかったーフフーッ!殉のしゃべりが安定しない。すみません。今回は二人のコンプレックスやトラウマを克服する話なのでそこを後編で見て頂けたらと思います。
110715

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ