甘い空気な文!

□コンプ
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(文化祭編その1)









 いま竜児らが通う学校では大きな音が響くようになっていた。教室でトンカチをしていたり、劇の練習の声、買い出しに走る音とさまざな音が聞こえてきた。明日は待ちに待った文化祭なのである。竜児の教室も騒がしかった。が、一人違う意味で騒がしい人物。

「ありゃあ浮気だ!浮気!」

石松は憤怒の表情で大声を出した。竜児が看板に軽くトンカチをするのに対し石松は乱暴だ。なぜかというと今朝でのことだ。河井と女子生徒が親しそうに歩いているではないか。石松は怒りを覚える。竜児という彼女がいるのにどういうことだ!と。

「そんなこと河井さんはしないよ」

とん、と竜児はトンカチの音をさせる。

「でもよ!すげえ仲良さそうだったんだぜ!」

石松が言うにはその女子生徒は顔は見えなかったものの、背筋も真っ直ぐで長く黒い髪が綺麗だったそうだ。

「一緒に歩いてるだけじゃあ浮気じゃないと思うけど…あ、ほら俺らも一緒に歩いてるけど友達じゃないか」

竜児の眩しい笑顔に石松はがっくしとと俯いてしまった。片想いの相手に言われるのはさすがに辛いものがある。石松は口を噛みしめた。

「くぅ〜ッ!」

がんがんと石松は今度は悔しさをトンカチに込め、力一杯看板を叩いた。竜児はくすくすと笑ったが、実は石松の話には少なからず同意することがあった。最近は文化祭準備のせいか河井と会うことがなく、会話もろくにしていない。電話もしたが文化祭で帰りが遅いそうだ。それに竜児と顔を合わせれば河井は微笑んでくれたり手を振ってはくれるが、どこかぎこちない。何か隠し事があるようだ。複雑な心境である。

「やあん、寸法が合わない!石松くんどうしよう!」

甲高い声が突然降ってきた。同じクラスの山村幸子が服を持って大げさに泣きそうにしている。幸子の後ろにいる女子たちも喚いていた。

「俺ぁ今看板で忙しいんだよ!」

看板を作る石松は女子の声をかき消すような大声を上げたつもりだったが、女子たちの泣き喚く声には負けてしまった。幸子たちは皆明日着る服を持っている。女子の大半は服作りに没頭していたはずたったが、どうやら挫折してしまったようだ。

「なんで俺に言うんだよ!」

「石松くんが一番裁縫得意だからよ!」

だから、女子大人数で騒がないで欲しいと石松は耳を押さえた。石松の家は父親がいず、母親が働きに出ている。忙しい母親に代わって家事は石松が担当し、その腕前は家庭科の授業で立証済みだ。やりたくないと首を振った石松だが、竜児は後押しをしてしまった。

「石松、俺が看板するからやってあげなよ。みんな困ってるじゃないか」

「そーよ!そーよ!竜ちゃんの言う通りよぉ!」

竜児の後押しに活気づく幸子らに石松は腕を組んで眉間に皺を寄せ動かなかったが、とうとう折れてしまった。

「ちぇーっこんな時にモテても嬉しくねぇー!」

竜児に促されしぶしぶ石松は幸子から服を受け取ると教団に移動し座った。竜児はにこりと微笑んだ。そのあとも石松の所には女子の列が出来ていた。ぎゃあぎゃあと石松は文句をあげているが何だかんだ言って、してあげてるのが微笑ましい。服はヒラヒラの白いレースが付いている可愛いらしいものだ。

「(可愛いなぁ…)」

竜児は服が羨ましく思った。竜児は明日その服を着ることはない。自分には似合わない、そう思って遠慮してしまったのだ。でもどこかで着たいと思っているのは乙女心なのだろう。視線を服からトンカチへと移した。





 
 それから作業を別々にして何とか看板も出来そうな所で、竜児は教室を見渡した。クラスの皆はそれぞれの役割に忙しく、石松はまだ頼まれた裁縫をしている。竜児は微笑ましくその光景を見てから釘が入った箱を探ると釘が全くないことに気が付いた。使い切ってしまったらしい。後一本のところだ。

「(貰いに行かないと、)」

石松は裁縫に忙しい。声をかけるのも悪いと思い竜児は立ち上がると技術室へと走った。校内外にある技術室に行って、作業をしている生徒から釘を貰うことが出来た。教室に戻る道は慌ただしく皆が忙しそうにしている。看板を持って走る生徒や、買い出しに行く生徒、その他諸々と忙しい。竜児も早く戻らないといけないと思った矢先だ。足がぴたりと止まった。曲がり門の廊下から河井がやって来たのだ。一気に竜児は顔を赤くした。

「(河井さんだ…!)」

文化祭準備が忙しくてろくに会えていなかった。今なら話しかけれるのではないかと竜児は嬉しくなった。声を掛けようと手を伸ばしたが、その角からはもう一人出てきた。女子生徒だ。ぴたりと竜児は足をまた止めてしまうと今度は角に隠れた。なぜ隠れてしまったのか、咄嗟のことでわからない。二人は会話をしながら遠ざかってゆく。竜児が見た女子生徒は黒髪で背筋が綺麗な人だった。きっと河井の同級生であろう。竜児はそこでふと思う。どこかで見た顔だ。でも、わからず竜児は伸ばした手を引っ込めると釘が握り締めてあったのを思い出した。嫌に心臓の音が響く。石松が言っていた人物は彼女のことだろう。彼女は綺麗で羨ましいほど女の子らしかった。なのに、自分は釘なんか持って、それもあの白い可愛い服を着ないのだ。竜児の目に二人はお似合いなカップルに見えたが、首を横におもいっきり振るった。

「(河井さんの彼女は俺…だけど、)」

そういえば前にもこうやって伸ばした手を引っ込めたことがある。こんな同じ場面だ。竜児はいまだ自分の容姿に自信がなかった。同じクラスの幸子は髪型に性格、持ち物と十分女の子らしい。なのに自分はいまだ変わっていない。伸ばした手を竜児は大事そうにもう片方の手で握り締めた。

「(俺も服作れば良かったかな…。ほんの少し俺に勇気があれば…)」

愛しい人の顔が浮かんだ。この手を伸ばして声を掛ければきっと振り向いてくれて、あの服を着れば可愛いと褒めてくれたのかな。そんな想像をして竜児はちょっぴり寂しくなった。











コンプレックス・ジェントル 1
















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すれ違い〜。さっちゃんは竜ちゃんの仲が良い女の子友達。文化祭は前中後編と続きます。
110616

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