甘い空気な文!

□うさぎの恋
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(50title企画小説/竜♀河/※河井さんが女の子だよ!)











すってんころりん。
まさにその擬音がぴったりだ。竜児は風呂場でおもいっきり滑った。なぜ風呂場に来たか。服はシャツとジャージを着ている。別に風呂に入りに来たわけではない。タオルを忘れて取りにやって来た。転けた理由は二つある。当たり前だが、床のタイルが濡れていたこと。それから当たり前ではないが、男だと思っていた仲間の一人がなんと女だった。これには驚いた。いや、驚くしかない。

「(え?河井さん?…あれ?)」

竜児は足を滑らしながら、まるで走馬灯のように記憶が再生される。男だと思っていたからドアを普通に開ければ、そこには女の体があった。確かに上は男にない膨らみが二つあって、下は男にあるものがなかった。裸を見られた河井も顔を驚かせ固まり、竜児も理解するのに固まった。理解してからは双方みるみるうちに顔を真っ赤にさせ、竜児は慌て風呂場から出ようとして足を滑らした。

「た、高嶺くんっ…!」

風呂場に河井の慌てた声が響いた。そこで竜児の記憶はぷつんと途切れた。





「その…性別を隠していたのは強さを求めるからで…それで」

河井は竜児の後頭部に氷枕を当てながら申し訳なさそうに言った。後頭部にケガはないが少し痛む。竜児は気を失ってから、目を覚ました時には脱衣場だった。河井はもちろん服を着ているが竜児は赤面しながら目を泳がせるばかりだ。。

「お、女の子じゃあ大会出れないもんね…」

河井はずっと性別を男だと言い張って、一緒に過ごしてきた。風呂も着替えもいつも別行動であった。

「えぇ…」

河井が返事をしてから会話はない。なんだか気まずい雰囲気だ。竜児は河井の裸を見てからというもの心臓の鼓動が収まらない。河井も顔をうつ向かせてしまった。

「河井さん、ありがとう。もう大丈夫だよ」

竜児の手が河井の手をそっと掴んだ。河井は竜児の優しい声に微笑んだ。いつもみたいに高嶺くんが微笑んでくれる。そう思った矢先だ。

「それから、ごめんね…」

振り向いた竜児の目が合わなかった。河井の胸の奥がぎゅっと苦しくなかった気がした。それからというもの話もあまり出来ず、気まずい雰囲気はそのままになった。
 夕御飯になり合宿所にいた四人は食事を取るが、やはり空気は気まずさがあった。食卓の席でもよく喋る石松でさえ大人しく、竜児と河井に違和感を持っていた。真ん前の席で食事を取る志那虎に石松は目線を合わせる。志那虎も頷くと、石松と一緒に二人を見た。竜児はぼんやりとしながら食事を食べ、河井は箸を止め溜め息を吐いた。すると、河井から竜児に話し掛けた。

「あの、高嶺くん…」

しかし、竜児は河井と目線が合うことがなく椅子から立ち上がった。

「ごちそうさま。俺先に部屋に戻るね」

にこりと笑うが竜児にいつもの元気はない。そそくさと食堂から出て行ってしまった。河井は手を差し伸べたが引っ込めてしまい溜め息を吐いた。こちらも元気がない。石松は志那虎と顔を合わせると、肩を竦めた。食事を取る場合ではないようだ。石松は肘をついて河井に問いた出した。

「なぁ竜児と喧嘩でもしたのかよ?」

河井はゆっくりと顔を上げる。落ち込んでいるのが見て分かる。

「…そう言うわけではないんですが」

河井は考え込んだ。二人の心配している顔がある。河井は顔を上げると決意した。

「お二人に話すことがあります」

急な話に志那虎と石松は顔を見合わせた。河井は二人に話をした。自分が女であると。竜児に風呂場でそれがバレたこと。志那虎と石松は信憑性がなく最初は冗談だと思っていたが、河井は恥ずかしながら着けていたブラジャーの紐を見せた。志那虎は口をあんぐりと開け、石松は驚き過ぎて椅子から転倒しそうになった。

「すみません…嘘をついていて…」

河井は頭を下げた。仲間だというのにずっと嘘を付いていた。受け入れられないと思った。しかし、返ってきた声は意外なものだった。

「驚いたけどよぉ、河井は河井じゃねぇか」

「ああ、俺たちの仲間だ」

石松が歯を見せながら笑顔に言い、志那虎も小さく微笑んだ。河井は素直に嬉しかった。二人の暖かい言葉に目尻が熱くなった。

「ありがとう」

ようやく河井も笑った。この時河井は知らないが、志那虎と石松は一瞬胸をどきりとさせていた。女性の魅力とはすごい。志那虎と石松は顔を赤くする。

「でもよぉ、なんで竜児は距離置いてんだ?」

「うむ。竜なら気にはしないと思うんだが…」

そうだ。問題は片付いていない。竜児のことだ。河井は不安で一杯になる。こんなに距離を置かれることが苦しいとは思わなかった。初めてのことだ。もう竜児の優しさも笑顔もないと思うと怖くなった。一層河井の胸の奥は苦しくなる。

「おい、河井…?」

心配された石松の声で気がついた。ぼろぼろ、と河井の目から涙が落ちてきたのだ。河井は自分自身で驚く。涙が止まらない。

「いえ…そのっ…」

あの時、謝った竜児との距離は近かった。なのに、心は遠いのだと思うと哀しくて仕方がなかった。

「高嶺く…んっ…」

嗚咽の中に想っている人の名が出てしまった。しかし、どうすることも出来ず河井は泣くしかなかった。





河井は洗面所で顔を洗う。それでも目は赤く、鼻も赤い。散々泣いてみっともない所を出してしまった。それでも二人は慰め励ましてくれたことに河井は感謝した。じっと河井は鏡を見つめる。ひどい泣きっ面だ。そして、胸を触った。女なんだ自分は。たったそれだけのことだ。

「(それだけのこと…)」

竜児を思うと辛い。またじわりと涙が出そうになる。腕で涙を拭き取ると河井は気晴らしに外に出ることにした。外は静かだった。風の木々を揺らす音だけが聞こえる。寒くもなく、暑くもない。少し歩く。今日の昼間は暑かったと、思い出す。暑くさせた太陽は今はんく、夜空には満月があった。すると、大きく風が舞う。河井は目を見開らかせた。向こうに竜児がいる。河井は足を早めた。

「高嶺くん…!」

竜児が河井の声に気付いた。今度は目が合う。が、すぐに竜児から逸らしてしまった。じりっと竜児の足が動くのを河井は気付くと走った。またどこかに行ってしまう。そう思ったからだ。しかし、意外にも竜児は食堂の時のように逃げはしなかった。待っていてくれた。河井は竜児の側に来て立ち止まる。腕を伸ばせば届くが遠く感じる。河井はいますぐにでも竜児の手を掴みたかったが、自らの手を手で押さえた。

「すまなかった…高嶺くん。ずっと性別に嘘を付いていて…」

声が震える。竜児は聞いていてくれたが、その表情は儚いものがあった。

「河井さんが謝ることじゃないよ。ボクシングをするためだもの。仕方ないよ」

竜児は口の端を上げる。これが竜児の本心ではないと河井にはわかった。まるで愛想笑いそのものだ。河井はもっと胸が苦しくなる。泣きたかった。いや、泣いてはいけない。さっき学んだことじゃないか。河井は鏡で見た自分を思い出させた。それにこのままではいけない。

「…高嶺くんは僕が嫌いになりましたか?」

とうとう言ってしまった。このことを聞いてどうなるかなんてわからない。けれど、竜児の本心を知りたかった。なぜ距離を置くのか。女だった自分をどう思っているのか。すると、竜児は河井をまっすぐに見た。竜児の大きな瞳が揺れる。

「違うよ!河井さんを嫌うなんてしないよ!」

大きく開いた口からは確かにそう言ったのだ。河井は驚くも、竜児の唇をかみ締めている表情の理由がわからなかった。竜児はこちらに歩み寄った。緊張している面持ちだ。深呼吸をしてから、竜児は話をし出した。

「俺…河井さんが女の子でびっくりしたのは確かなんだ。でも、嬉しかったんだ」

緩やかな風が二人を包む。河井は竜児の声を静かに聞く。

「俺ずっと前から河井さんのこと考えてて。…でも女の子だって分かるともっと考えて。は…裸のことも思い出して。俺変だって思ってっ…だから…」

今度は竜児が泣き出した。別に河井と距離を取ったつもりはさらさらなかったのだ。ただ河井の前にいると胸が苦しいと訴える。顔も赤くなってしまう。今も竜児は耳まで顔を赤くさせ、鼻を啜った。竜児は泣き顔を手の甲で拭く。視界が開くとそこには河井の顔があった。怒ってもいなく、悲しんでもいなく、河井は優しく微笑んでいる。

「高嶺くんは僕のことどう思っていますか?素直に言ってください」

竜児はまた鼻を啜った。河井の顔を間近に見て、目元が赤くなっていることに初めて気がついた。そして、竜児は鼻声でぽつりと言った。

「河井さんが女の子で嬉しかった…」

「うん」

「体もすごく綺麗だと思った」

「…そうですか」

「こんなこと言ったら嫌われるかと思ってた…」

「嫌いませんよ」

いつのまにか二人の距離は縮まっていた。今度は心も近い。

「俺…河井さんのこと好きだよ。大好きだよ」

竜児の口から自然と出た言葉だった。難しいと思っていたことが簡単だった。そう竜児は驚いて口元を触る。河井はふふっと小さく笑う。ほんのりと頬は赤かった。

「ありがとう…嬉しいです」

河井は竜児の手を取る。暖かい手だ。竜児の涙はいつの間にか止まっていた。竜児も河井の白い手を握る。

「高嶺くん、僕もふたつ言わせてください」

なんだろう、竜児は首を傾げた。

「高嶺くんが好きです、キスしてください」

「えっ!?」

竜児は驚いたが今以上に顔を赤くさせた。

「したくないんですか?」

ここは年上だ。といってもひとつだけ上だけなのだが、河井は強気でいってみる。すると、思わず竜児も声を張り上げた。

「したいよ!あ…」

「ふふっ、高嶺くんも男の子ですね」

「もうっどういう意味?」

竜児は頭を掻き、河井は笑う。つられて竜児も笑ったあと、あのいつもの優しい笑みを浮かべた。この顔が好きだと河井は顔を熱くさせる。泣きはらした顔が河井に迫ると、二人はキスをした。どちらも緊張している。不器用で暖かいキスだった。











うさぎの恋





















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自分で書いていて泣きそうになりました。途中くっつかないんじゃ…と心配になりましたが収まりました。よかった!やっぱり二人はらぶらぶしてるのが好きです!

リクエストありがとうございました!
いつか様にこちらの小説を捧げます。
110901

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