甘い空気な文!

□マーメイド・シンドローム
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(剣河/河井さんが記憶喪失になった暗めの話)











 ショックを与えれば記憶は戻るはずだろう。剣崎はおもいっきり河井の頭を叩いた。突然だ。ぐらりと河井が傾いて座っていたソファーに顔を埋めそうになったが、腕が先にソファーに付く。そのおかげで顔を埋めることはなかったが、怒りが河井の中で増幅した。叩かれた場所を自分の手で撫でながら、キッと剣崎を睨み付けた。剣崎はというとつまらなさそうにしている。

「何するんですか!」

「ショックを与えれば記憶が戻るってゆうだろ?だから、叩いてやっただけのことよ。フッ」

剣崎は河井の横に腰を下ろした。柔らかいソファーは少し波打つ。余裕がある剣崎に対し、河井の怒りは収まることを知らない。河井の中で剣崎という男は会って三日経ったばかりだ。剣崎が話した通り河井はいままでの記憶がない。三日前、至急病院に日本jr.の仲間が集められたが、既に河井の記憶は無かった。体に異常がないことから合宿所に戻ったが、三日経っても思い出す気配がない。自然に任せる形になったのだが、剣崎はそれが許せなかった。

「おめぇも早く記憶取り戻してぇだろ?」

「こんな戻し方は嫌なんですけど」

河井は若干剣崎との距離を開ける。三日というのは人を知るのに十分で、河井にとっての剣崎への好感度は低い。今回みたく叩いたり、早く記憶を戻せと言う。どうやってこの人とチームメイトをしてきたのか河井にはわからなかった。

「ショック療法なんて宛にしてませんから」

河井は溜め息を付けながら話した。その様子を剣崎は何も言わず見つめた。話し方は河井なのだが、やはり別人のように剣崎には聞こえる。それが益々気に食わない。記憶を無くしたことよりも、思い出せないことに腹が立ってしまう。

「なんで忘れやがったんだ…」

「忘れたくて忘れたんじゃありません」

剣崎の呟きは独り言のつもりだったが、河井にはよく聞こえた。耳が良いことは忘れていないらしい。ボクシングもピアノも忘れていないのに、人との関係はすべて忘れてしまった。剣崎は奥歯を噛み締めた。

「もう一回ショック療法試してやるよ」

妙案を思い付いたのか剣崎は河井に笑みを向けると距離を縮められる。河井は剣崎のことが苦手だ。叩かれると思い眉間に皺を寄せる。

「遠慮します」

避けようと剣崎と距離を遠ざけようとしたが、突然顎を掴まれると口付けをされたのだ。パシン、と部屋に乾いた音が響いた。剣崎の右頬は赤くなっていた。河井の平手打ちを剣崎は黙って受けたのだ。そして、河井は涙目になりながら唇を腕で拭う。酷くショックを受けているが、記憶は戻っていないようだ。剣崎は頬を触るより頭を掻いた。口付けをしても記憶は戻らなかった。

「何して、んですか…!こんなの…変ですよ…っ」

嫌悪している顔だ。それでも剣崎は感情を出さず、熱い瞳を河井に向ける。

「変じゃねぇよ。俺らは付き合ってたんだ」

大きく河井の瞳が揺れた。剣崎は一瞬だが辛く表情を歪める。剣崎と河井は付き合っていた。記憶を無くす前日も二人はキスをした。手を絡めて、キスをして河井は恥ずかしそうにしながら小さく微笑んでいた。それなのに今の河井はどうだろう。拒絶をしている。

「嘘…お、男同士ですよ?」

「フッ、性別なんて気にしていなかったな」

剣崎の顔を見ると嘘を付いているようには見えなかった。狼狽える河井はとうとう両手で顔を覆う。剣崎は河井と距離を置いて、ソファーに座り直し背もたれに首を置く。剣崎は天井を見つめた。

「おめぇが言った通りショック療法は効果がなかったな」

「…黙っていて下さい」

「もう一回してやろうか?」

「…勘弁して下さい」

受け入れることが出来ない河井だが無理もなかった。顔を青ざめる河井に、剣崎は溜め息を吐いた。ショックを受けたのはこっちだ。だが、理不尽なことをしたとわかっている。自分を思い出して欲しいがためにしたことだ。剣崎は自分の手を見る。今横にいる人物と繋いできた手だ。三日前の頃が酷く懐かしく感じる。百回キスをして記憶が戻るのならば、百回以上キスしてやるのに。剣崎は河井の手を握ろうと伸ばしたが、静かに手を引っ込めた。熱い目を伏せるしかなかった。










マーメイド・シンドローム














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だいぶ前から書きたかった記憶喪失話。なんで記憶がなくなったのかは考えてません、すみません!どっちも可哀想な二人の話。
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