甘い空気な文!
□変わらないのね
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(※剣河/大学生パロ)
久しぶりに訪れた河井のマンションの外見は変わっていなかった。ただ中身が大幅に変わっていた。学生にしては安くはない値段のマンションだが、ピアノをしている河井には防音室がいる。だから大学生になってから借りている部屋なのだが、訪れた剣崎は何も言わず上がり込んではみたがしかめっ面を表した。
「すみません、散らかっていて」
玄関を開けた河井の後ろに剣崎は注目する。まず目に入ったのは雑誌の束ねたものが数個置いてあった。靴も並んでいなく、散らばっている。河井は靴を並べて剣崎の靴が置けるようにした。最初の頃来た時は綺麗なはずだった一室がいまでは…では剣崎から一言。
「きたねぇ」
「だからわかってますって」
河井は廊下にあった紐でくくっている雑誌の束を壁際に寄せた。洋書、新聞紙とあとのほとんどが音楽雑誌である。廊下が渡れるようになると、次に待っていたのは部屋なのだが床やベッドの上、はたまたピアノの上にはプリント類が散らばっている。これは捨てないらしい。河井の部屋はシンプルで、ベッドと本棚、そして必需品のグランドピアノしかない。ピアノが部屋の中心にあって剣崎は邪魔で仕方がない。どうやってこんなでかいピアノが入ったのか不思議でもある。行きたい場所に通るのにも壁づたいだ。ようやく通って剣崎は我が家のように、ベッドにどっかりと座った。ぐしゃりとベッドの上にある楽譜はひしゃげてしまった。
「片付けろよ」
「ああ、もう、踏まないで。試験だったので暇がなかったんですよ」
相変わらず河井は物を動かしながら喋っている。床に落ちているのはプリントを拾い、束にしては棚に本来は立てていれるべきだが横向きに入れていく。片付けはしきれていない。といっても剣崎がやって来たのは突然だったので掃除をする暇もなかった。二人共大学生活が忙しいせいもあり何ヵ月も会っていなかったのだ。電話は数回していたが、こうやって会うのは本当に久しぶりだ。
「腹が減った。何かねぇのか?」
「もう何しに来たんですか。じゃあ、そこのプリントを束ねててください。何か食べる物を用意しますよ」
「あぁ」
剣崎はそっけなく返事をして、河井の背中を見送る。小言を言うが昔ほど怒ることは少なくなった。大学生になってからつくづく思い知る。子供ではなく確実に自分たちは大人へと成長している。しかし、好き合っている関係は今も変わっていない。
仕方なく剣崎はプリントを拾い集めるのだが、途中で動きを止めた。プリントというのは楽譜で、音符を丸で囲んでは細々な字が羅列されている。それは確かに河井の字だ。試験のため、将来のために努力する姿が想像出来た。そういえば、と久しぶりに会った河井の姿を思い出す。少し痩せていた。ろくに物も食っていなさそうだ。そう思った矢先に河井が帰ってきた。
「あ、片付けてないじゃないですか」
「……」
河井の文句に剣崎は耳を傾けていなかった。いくらなんでも食事を用意する時間が早すぎる。それに河井の両手には剣崎が今までに一度も食べたことがないものがあったのだ。湯気はたっているし、美味しい匂いはする。しかし、剣崎は形の良い眉を歪ませるばかりだ。
「カップ麺かよ…」
河井の両手にはインスタントのカップ麺が二つあった。よくコマーシャルで宣伝されているものだ。剣崎は表情には出さないが驚いている。一度も河井がインスタント類を食べている姿をいままでに見たことがなかった。むしろ似合わない。固まっている剣崎を気にせず河井はすとんと剣崎の横に座る。
「ピアノに没頭しすぎるとご飯抜きにすることが多くなってしまって。それにこれなら作るのが簡単なんですよ」
カップ麺を持ってにこりと笑う河井はタフになったと剣崎は思う。割りばしを上に乗せたカップ麺二つをピアノ椅子に置く。手頃なテーブルがここにはない。
「だから痩せたのか」
「わかります?五キロほど落ちたんですよ」
「フッ、もっと食えよな」
「じゃあ、晩はどこか食事に行きましょう」
「……」
そこで剣崎は黙った。少し間が空いて、剣崎が喋ろうとした。その時だ。河井は口付けをする。久しぶりにしたキスだった。恥ずかしがっている素振りはない。唇と唇が離れると河井は残念そうに微笑んでいた。
「知ってますよ。夜は仕事でしょう?」
もしも、と思って河井は聞いたのだ。剣崎は財閥の息子だ。大学は所詮称号のためで、大学に通っている傍ら仕事を始めている。これが忙しくないわけがない。なのに時間の合間をぬって剣崎は河井に会いにいく。
「フッ、わかってんじゃねぇか」
「何年付き合ってると思ってんですか」
「それもそうだな」
正確には七年も二人は喧嘩はするが飽きもせず別れもせず付き合っている。気持ちは変わらない。軽く二人は笑い合う。すると、今度はがっつくように剣崎から河井にキスをする。深い口付けだ。剣崎のいまだに鍛えている腕が河井の背中に回る。河井も剣崎の背中に腕を回したが、向こうに見える湯気に気がついた。
「あ、麺が伸びちゃいますよ?」
指をさした場所にはさっき置いたカップ麺があり湯気が立ち上っている。もう食してもいいはずだが、剣崎は相変わらずフッと笑う。
「おめぇが食いたくなったからいい」
「しょうがないお人ですね」
くすくすと河井は笑う。その唇に剣崎はキスをして、二人はゆっくりとベッドに身を委ねていく。そしてまた楽譜がぐしゃりと音をたててひしゃげてしまった。
変わらないのね
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大学パロ。カップ麺を食べる二人を想像して出来たお話。食べてないけど!
110203