甘い空気な文!

□拝啓幸せ者様
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(剣河)







 人に物をあげるというのはなかなか楽しいものだ。あげた時の相手の反応や、プレゼントを選ぶ時など楽しくて仕方がない。河井はたまたま寄った雑貨店でプレゼントを考えていた。送る相手はあの剣崎だ。別に誕生日や記念日というためではない。河井の気まぐれである。

「何がいいだろうか…」

河井はうーんと唸り考え込んだ。雑貨はたくさんあるのだが、剣崎なら持っていそうだと考えてしまう。それに欲しいものはすぐに手に入れるだろう。この間も剣崎の家に寄った時、新しい黒色のソファーになっていた。さすがは財閥の息子である。プレゼント選びは困難を極めた。置物やコップ、ネックレス、さまざまな物を手に取っては見たが納得するものが見つからない。

「(こんなに悩むなんて思いもしなかった…)」

頭を抱えるとはまさにこのことだ。河井は腕を組んで悩み始めた。かれこれ店には一時間もいる。店を出たいところだが、決まらない。そもそもなぜこんな執拗に選ばなければいけないのか。

「(記念日もないのに、ね)」

ただ彼がどんな顔をするのか、それだけである。河井は想像して小さく口元を上げた。と、その時ふと目に入ったのがある。変わったものでもない、珍しくもないそれに河井は目を輝かせた。これだ、とつい顔がほころんでしまった。すぐにそれを持って河井はレジへと急いだ。







「なんだよこれ」

 眉間に皺を寄せた剣崎は河井から突然貰ったプレゼントになぜか不満を漏らしている。河井は淹れて貰った紅茶を一口飲んでから、ふふっと笑った。

「手紙ですよ。見てわかりませんか?」

渡した物はなんの変哲もない手紙だった。白色の封筒に黒字で剣崎順様と書かれている。切手は貼っていない。直接渡したのだ。

「なにかあなたにプレゼントしようと思って」

「俺の誕生日は三ヵ月後だぞ」

「記念日だから、というのワケではありません。ただプレゼントしたかっただけですよ」

「フッ、だから手紙か」

剣崎はヒラヒラと手紙を振った。

「すごく悩みましたよ。あなたなら何でも持っていそうですし」

河井は座り直してから剣崎に体ごと向ける。ソファーに手を付くと、また新しいのに変わっていた。今度は赤色のソファーだ。

「フッ、確かにおめぇからの手紙は持っていねぇな」

「世界でたったひとつ、というやつです」

河井は満足そうに笑った。それから紅茶をまた啜る。ダージリンの香りが部屋を漂った。剣崎も紅茶を飲もうとしたが、その前に数回スプーンで混ぜてからカップを持ち上げ少しだけ飲んだ。

「今読んでいいのかよ?」

にやにや笑いながら剣崎が聞いた。河井は少し間を開けたが「えぇ」と返事をする。手紙を目の前で読まれるのはやはり恥ずかしい。しかし、今読んで貰わなければ渡した意味はない。剣崎はさっそく封筒から同じ色の便箋を取り出すと、読み始めた。瞳が右から左にいっては右に戻り、と繰り返している。真剣に読んでくれている。恥ずかしいというより嬉しくて河井は頬を赤らめた。手紙の内容はありきたりなラブレーターだ。ただ書き手の河井は悩んで書き、精一杯剣崎への思いを書いた手紙だ。そして、剣崎の瞳はぴたりと止まる。読み終えたのだ。

「どうでした?」

わくわくしながら河井は聞いてみたのと同時に体を乗り出した。それほどに剣崎の感想や反応が楽しみなのだ。剣崎はとういと黙ったままだったが、突然手紙で顔を隠した。河井は目を丸くした。一番楽しみにしていた肝心なところがわからない。

「なぜ隠すんですか」

「日差しが眩しいんだよ」

「眩しくありませんよ。もうすぐ夜じゃないですか」

「じゃあ、電気だ電気」

外は夕暮れでオレンジと青の配色。部屋は天井が高いせいもあってか、そんなに眩しいほどの明るさでもない。河井はむっと口をへの字に曲げた。

「いま返事を聞かせて欲しいんですが…、ねッ!」

ね、を合図に河井は剣崎に飛びついた。なかなか子供じみたことをすると自覚はあるのだが、気持ちは抑えきれない。手紙は軽く宙を舞ってしまったのだが、剣崎は次に腕で顔を隠した。双方意地だ。赤いソファーの上で二人は転がりまわっている。河井は剣崎の腕をどかそうとし、剣崎は動かすまいと力を込める。

「いっ、おめぇやめろよ」

「いいえ、やめません」

余裕を持った笑みを河井は浮かべている。今も剣崎の腹の上に河井がのっかかっている状態だ。いつもの逆だと河井は気が付いたが敢て言わなかった。こんな状態は滅多にない。河井は剣崎が観念するまでこれ以上何も言わないで置こうと考えていたが、ふと腕の力が緩んだ。それに気付き、河井もゆっきりと剣崎の腕を上げた。目元は腕の影になっているが、相変わらず眉間に皺を寄せ口を曲げている。ただその顔は照れている、と一目でわかるものだった。

「(わっ、顔赤い)」

こっちが照れてしまう。
剣崎は河井から抜け出すと、ソファーに座る。目を合わせないよう剣崎は目線を違う方向へ向ける。

「フッ、文章がいちいち固ぇんだよ。おめぇの手紙は」

「礼儀じゃないですか」

「最初日記かと思った。もっとマシな文を書け」

「で、ご感想は?」

肝心なところで剣崎は言葉を濁してしまう。河井は待った。胸をどきどきさせながら言葉を待った。剣崎はどうな表情をつけていいのかわからず、口元を手で押さえる。これでも顔を隠しているつもりであろう。相変わらず目は河井に合わさずどこか見ていた。

「あぁ…、嬉しかった」

目線はやはり別のところを見ているのだが、頬の赤みは正直だ。こんな剣崎を見たのは初めてだ。河井は嬉しくてにやけてしまう。

「その顔やめろ」

「嬉しくて、あははっ」

幸せでどうにかなってしまいそうだ。河井は声を上げて笑う。普段なら照れてもいいのに、にやけてばかりだ。そんな河井に見かねて剣崎が河井の頬をつねり出した。もうそこにはさっきまでの剣崎はいない。余裕ある笑みを持つ剣崎だ。

「フッ、"いつもは恥ずかしくてなかなか言えませんが僕は貴方のことが〜"」

「ろ、ろうどくはやめへくだはいよ!」

口をつねられているせいで呂律が回っていない。形成逆転だ。ただ二人とも手紙を渡し・貰い良かったと心の底から思っているのである。













拝啓幸せ者様




















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剣崎の照れ顔が書きたくて。
120429

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