甘い空気な文!

□浮き彫りになる
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(志那河)












「おや?珍しい傘ですね」

 そう言って河井が玄関の壁に立て掛けてあった傘を持ち上げた。なんの変哲もない傘のはずだが、その傘は和傘だった。洋傘ばかりの中に一本だけ和傘というのは目を惹きつける。

「そんなに珍しいか?」

和傘の持ち主の男・志那虎が首を傾げた。家族や剣道の門下生は皆、この和傘を利用している。珍しいだなんて思ったこともなかった。「えぇ」と河井は返事をすると傘を広げてみせた。外もそうだが、中も立派な竹が骨となっており丁寧な作りだ。きっと職人が作ったものであろう。

「綺麗な色ですね」

そう言った河井だが志那虎にはそう思えなかった。色は紺色だ。和傘以外に目を惹きつける色でもない。色だったら妹が持っていた赤く鮮明な色の方が魅力的だ。

「そうか?」

「ほら、ここ見てください。ただの紺色でもうっすら藤模様が入ってるじゃないですか」

河井に言われ、志那虎は傘の下に入ってみた。よく見ると確かにその通りだった。傘には紺色の中にそれより濃い色が藤の花を表していた。妹の傘にも藤模様があったが、花の色は白で赤と協調し目立っていた。しかし、自分の傘の模様は隠れるようになっている。それにまじまじと傘を見たのは今回が初めてだった。雨さえ防げればそれでいいと思って使っていたのだから仕方がないのかもしれない。

「気付いていなかったんですか?」

「あ、あぁ…。職人に申し訳ねぇな」

「ふふっ。きっと男性用でわざと目立たないよう作ったのかもしれませんね」

志那虎のすぐ横で河井が小さく笑った。しかし、気付いたことがもうひとつある。一緒に傘に入っているせいで肩と肩が引っ付いていた。これではまるで相合傘というやつではないか。一回意識してしまっては気にするばかりで志那虎はここで咳をひとつする。

「どうかしました?」

「いや、なんでもない」

いまだに側にいる河井に、志那虎はまたこほんと咳をした。河井は持っていた傘を下ろすと畳み、元の位置に戻した。くるり、河井は志那虎に振り向いた。

「今度雨が降ったらご一緒させてください」

まさかの話だった。これには志那虎も驚いた。

「二人で入るっていうのか?」

「いけません?」

「別にかまわねぇが…。二人で入っても窮屈だろ?」

すると、河井が志那虎の前へやって来た。身長の差で河井が上目使いでこれにはどきりとさせられた。まるで女性のような長い睫毛と大きな瞳。目が見つめあい、志那虎が耐えられなくなって目を逸らそうとしたその時だ。河井が悪戯な笑みを浮かべたのだ。

「もしかして相合傘意識してます?」

「!?」

図星だった。きっと今顔が赤いに違いない。しかし、河井はそこにふれることはなかった。傘の柄には気付いていたというのに、志那虎の心情は気付いていないようだ。

「あははっ、そんなに驚かなくていいじゃないですか。志那虎と雨の中、この傘で歩けたらいいなと思っただけですよ」

それはどういう意味なのか。ますます志那虎の顔に熱が集まるのだが、河井は本当に楽しみにしているようで微笑んだ。

「雨の日が待ち遠しいです」

そう言い残し、河井は玄関から去って行ってしまった。雨なんて憂鬱になるものだ。それを楽しみに待つ人間を今日初めて見た。志那虎はいまだ顔を赤くしていた。隠れていた気持ちが開花し浮き彫りになったのである。志那虎は雨の日までどういう気持ちで待てばいいのか考えるのだが、天気に委ねるしかなかった。













浮き彫りになった日





















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やっと志那河書けた。志那→河ですね、よく見ると。お兄ちゃん属性な志那虎にするか、天然な河井さんにするかどっちか悩みましたが後者にしました。前者だと河井さんがツンデレ発揮すると思うので機会があれば書きたいです。
120620

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