青い春な文!

□でんきとかげ
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(thanks 6 year!企画小説)









 街の明かりがもっとも輝ける夜。煙が立ち上っている。それは決して火事でもなく、風呂屋の煙ではない。美味しい煙はラーメン屋から立ち上っていた。狭いラーメン屋だが美味いと評判で席は満席である。教師の志那虎は帰宅が遅くなるとたまにここに食べに行く。箸を割るとさっそく醤油ラーメンを食べようとしたが、小さな手によって遮られてしまった。

「ダンナ、ここはほらよぉ」

手の持ち主は石松である。志那虎は何のことか考えこんだがすぐに気付いた。そして、箸を置いて丁寧に手を合わせる。恥ずかしさもあったが息を吸ってから志那虎は声に出した。

「い、いただきます!」

「いただきま〜す!」

まるで給食だ。返ってきた明るい声は4人分。まずはテーブル席の誕生日席に座る石松、それから左に竜児。右には河井と剣崎であった。なぜこの四人で志那虎はラーメンを食べに来たかと言うと説明しよう。志那虎が今回帰宅が遅くなった理由は冊子作りに追われたからで、それを手伝ってくれたのは竜児と石松だった。それで手伝ったお礼にラーメンを奢ることになった。作業が終わり学校を出れば偶然にも剣崎と河井に出会い、こともあろうか竜児は河井を誘った。石松はふて腐れ始めた。河井はなぜラーメンに行くのか理由を聞いて手伝っていない自分たちが行くのも…と遠慮をしたが、遠慮しない男・剣崎は着いていくと言い出した。なんでも店のラーメンを食べたいことがないらしい。そうだ確か剣崎は金持ちだ、志那虎は一人納得したように頷く。この時河井と石松は顔を合わせたことはあるがほぼ初対面である。ただ行く最中は竜児が仲介人になり、多少会話はあった。会話といっても挨拶程度ではあるが基本明るい石松だ。

「俺は香取石松ってんだ。石松でいいぜ!」

「じゃあ僕も河井でいいですよ」

明るい受け答えだった。そうして五人はラーメン屋へとやって来て、テーブルを囲んでラーメンを食べている。
この店の評判は味噌ラーメンだ。またラーメンと一緒についてくる煮卵も評判である。味噌は竜児と石松と剣崎、醤油が志那虎で、塩が河井だ。

「うんめぇ!」

「フッまずまずってとこだな」

石松が喜んで食べたというのに剣崎の一言で歯を剥き出しにして怒り始めた。まあまあと竜児が石松を宥める。

「喧嘩したらラーメン奢らんぞ」

ずるずるとラーメンを食べてから志那虎は忠告した。石松はうっと固まる。さすがは教師だ。石松の扱いには慣れている。

「まずまずのわりにおめぇさんも食べてるじゃねえか」

剣崎のラーメンが減っていることに志那虎は指をさした。剣崎はフッと笑うとスープを飲み始めた。竜児も河井もその様子にくすくすと笑う。しかし石松は口を曲げている。志那虎は石松の様子に気付いた。よく見れば河井に石松の視線が集中しているようだ。石松が竜児が好きで、でも竜児と河井が付き合っているのを志那虎は知っている。石松の河井に対してのライバル視は分かりやすいものであった。そんなことを知らず竜児は石松に話しかけ楽しそうにしている。

「(高嶺は知らねぇんだろうな…)」

石松が竜児を好きなことを。ズルズルとラーメンを志那虎は啜った。

「河井さん、ラーメン美味しいね」

「そうですね、高嶺くん」

石松の視線を知らずに竜児と河井は和やかな会話だ。ふとここで志那虎は疑問。付き合っているのなら普通は、と考えた矢先だ。

「前から思ってたけどよ、なんでおめぇら名字呼びなんだ?」

まるで代弁したかのように剣崎が二人に聞いた。確かに彼氏と彼女なら名前で呼び合うのが普通ではないだろうか。

「いえ、昔からそうなので…」

「うん、小学生の頃から」

二人ともきょとんとした顔だ。竜児と河井は幼馴染で知り合った頃からこの呼び方なのだ。

「フッ、おめぇら付き合ってんなら下の名前で呼べばいいじゃねぇか」

こいつは本当に遠慮を知らない男だな、と志那虎は剣崎を見て思う。片想いをしている石松の前だからこそ志那虎は内心はらはらとした。決して石松にとってはいい話ではないだろう。案の定石松は目を据わらせて猫背になりながらどんぶりに口を付け、麺を啜っている。

「今更名前呼びはその…」

「うん、照れるね」

河井は頬をかき、竜児はテーブル下で指を絡めてそれぞれ照れ隠しをしている。

「めんどくせぇなお前ら」

「失礼なこと言わないでくださいよ」

うんざりしている剣崎に河井はむっとする。その間、竜児の手は箸にのびることがなく手をまだ絡めている。志那虎はそれに気づいている。竜児の目線は河井だ。もしかして。

「なあ河井、彼氏なら竜児って呼んでやれよ」

この声は志那虎ではない。志那虎も考えていたことだが言ったのは石松だった。ライバル視ではなく、爽やかにニッと笑っている。

「竜児だって呼んで欲しいだろ?」

腕で石松は竜児を小突いた。えっと、と照れてどもる竜児に石松が竜児の肩を軽く叩いた。

「ほらほら呼んでやれよ。男の見せ所だぜ?」

後押しをされる。河井は最初は顔を赤くして困ったような顔をしていたが、竜児と顔を見つめる。竜児も河井の声を待つかのように緊張した。そして、河井の震える口は言った。

「…りゅ、…竜児」

初めて名前で呼ばれ竜児の顔はぼっと赤く染まった。なんてわかりやすいのだろうか。見ているこっちが恥ずかしいと志那虎は肩を下ろした。石松がおおはしゃぎで口笛なんかを吹いている。剣崎は案の定腹を抱え笑いを我慢している。

「や、や、やっぱりいつもの"高嶺くん"呼びがいいな!」

「そ、そうですか!」

二人は声を出して笑うも顔が真っ赤だ。そこでようやく剣崎は我慢できずに笑った。

「やっぱりめんどくせぇなおめぇら。ハハッ」







「ごちそうさまでしたー!」

 五人は殻になったどんぶりを前に手を合わせた。ラーメン屋を出た所で、剣崎が一番に帰ってしまった。そして、竜児と河井は一緒に帰ることになった。元々家が近くだ。帰り間際に竜児は石松にこっそりと話した。

「初めて名前で呼ばれたよ。石松のおかげだよ、ありがとう」

「そ、そんな感謝されるもんじゃねぇよ!で、呼ばれて嬉しかったか?」

「…うん、嬉しかった」

にこやかな竜児に、良かったなぁと石松も笑みを浮かべた。帰る二人が見えなくなるまで石松は手を振り続け、見えなくなってからくるりと反対の方向を向く。

「さて、帰ろっか志那虎のダンナ!」

歯を見せ笑っている石松を先頭に、志那虎は後ろをついて歩く。小さな寂しい背中に何を背負っているのか、今日それが何か志那虎にはわかった気がする。途中で志那虎は足を止めた。突然ついてくる足音がなくなったため石松は振り向く。こんなこと教師が言うものではないかもしれない。ただ今は普通の男として志那虎は言いたかった。

「おめぇさんは本当に高嶺が好きなんだな。大切に想ってんだな…」

あの名前呼びは竜児のために河井の背中を石松が押したも同然だ。志那虎の声色は落ち着きと優しさがある。石松は黙っていたが前を向いて歩き出した。

「へっ、なんのことだよダンナ」

苦笑を浮かべ志那虎は鼻をかいている石松の横に並んだ。外灯しかない路地は並んだ二つの大きな人影を映していた。











でんき
 
・・・・・・・・・かげ 












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初五人!志那虎の立場がやっと本領発揮しました。それぞれのキャラの立場が書けて安堵しております。二人の恋愛に三人は重要な役割です。

この作品を書くきかっけになった方へ捧げます。ありがとうございました!
110524

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