通常文1

□first love
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まるで、後追いをする赤ん坊のようだ、と自分の後をついて回る十四郎を見て、銀時はそう思った。



ようやく銀時の横でぐっすり眠れるようになり、十四郎の顔色は良くなっていた。
会社にもまた行くようになり、すっかり元気になったように見える。
けれど、心の何処かにまだ不安が残っているのか、十四郎は銀時の傍を片時も離れなくなっていた。
それこそ、トイレに入っている時以外は一緒というくらいに。
トイレに入っている間はドアの前で待つという徹底ぶりに、苦笑せざるを得ない。
嬉しい誤算ではあるが(なにせ、お風呂も一緒だ)このままでは銀時の理性が試されることになりそうで、どうしたものかと思案していた。
突き放すのは簡単だ。十四郎は、基本的に銀時の言うことは絶対に聞くから。けれど、それでは何の解決にもならないだろう。
十四郎の、この不安感は、一体どこから来ているのか。
原因が気になりながらも、深く突っ込んで訊こうとすると十四郎は怯えた顔をするので、傷つけるのが怖くてそれも出来ない有り様だった。
直接的な言葉は言わないものの、子猫のように身体を擦り寄せて愛情を示してくる十四郎を愛しく思いながら、銀時は頭を悩ませた。





ぽてぽて銀時の後をついて回りながら、自分の出来る範囲で仕事を片付けていく。
最初は与えられた仕事しか出来なかったが、今は自分で考えてどの仕事をやればいいか分かるようになってきた。
けれど、銀時の傍を離れるのは耐え難くて、十四郎の仕事は限られている。
銀時から引き離されることは無いと、この間の一件でそう分かった筈なのに、どうしても湧き上がる不安を拭うことが十四郎には出来ないでいた。
少しでも銀時の姿が視界から消えると、不安でしょうがない。
だから、家でも会社でも銀時にくっついて回るのだが、その所為で銀時の行動が制限されてしまい、申し訳なく思いながらも、十四郎は自分を制御出来なかった。
傍に行けば、銀時は笑って頭を撫でてくれる。
けれど、それ以上の接触は無い。
会社はもちろん、家でも。
最近、抱きしめてくれないし、キスもあまりしていない。
それが、十四郎を不安にさせる一因にもなっている。
……好きな人の傍にいて、もっと触って欲しいし触りたいと願うのは贅沢だろうか。
電話で何か話している銀時をちらりと見やり、十四郎は手元の書類に視線を落とした。




午後になって、十四郎は、ぽんと肩を叩かれ、背後を振り返った。

「銀時?」
「ちょっと取引先に行ってくるから、十四郎、お留守番しててくれる?」
「え、」

聞いた途端、十四郎は顔を曇らせる。
重要な会議や、取引先へ行く時は、会議室の中に入る事は流石に許されないが、同じ場所へ同行して、銀時の用事が終わるのを待つ事は許されていた。
今回は同行さえ許されず、十四郎を会社に置いていくと言う銀時に、知らず瞳が不安に揺れる。

「すぐ帰ってくるから」
「…ついて行ったらダメなのか?」
「う…。連れて行きてーんだけど、連れて行けねーっていうか…」
「?」
「ごめんな、十四郎。俺、どうっっっしても、あのヤローだけにはお前を会わせたくねーの。近づかせるのも嫌なんだ!」

肩を強く掴まれ、真剣な眼差しで言われ、銀時がこれから会いに行く人物を毛嫌いしていることが分かった。
そして、連れて行かないのは、十四郎を心配してのことだとも分かって、十四郎はホッと息を吐く。

「だからお留守番しててくれる?」
「……分かった。早く帰って来いよ?」
「そりゃあもう」

約束の印に、十四郎の額に口吻けを残して、銀時は一人取引先へ出掛け行った。
どうせなら額じゃなくて口が良かったな、と銀時が聞いたら、すぐさまUターンして来そうなことを考えながら、土方はあてがわれている自分の席に戻り、椅子に沈み込んだ。





気を紛らわす為に、仕事に没頭していた十四郎は、ドアの開く気配に、パッと顔を上げた。
しかし、ノックも無しに入ってきたのは銀髪ではなく、黒髪隻眼の高杉で、十四郎はあからさまにガッカリした顔をしてしまう。

「ご挨拶だなァ土方。銀時がいなくてそんなに寂しいか?」
「…うるせーよ」

図星だったので、ムスッと言い返せば、喉を鳴らして笑われた。それに、十四郎は益々機嫌を下降させる。
高杉は特に気を悪くした様子も無く、十四郎に近づいて、手を伸ばしたかと思うと、髪をくしゃくしゃにされた。

「わっ、何すんだよッ!!」

慌てて高杉の手を振り払うが、十四郎の黒髪は散々に乱された後で、十四郎はギッと高杉を睨み付ける。

「今日、銀時が会いに行ったヤツは、手癖が悪くてなァ。面が良かったら男も女も見境無いらしい」
「え、」
「だから連れて行きたくなかったんだとよ」

銀時が頑なに十四郎を連れて行く事を拒んだ理由を聞かされ、ぽかんとした十四郎だが、意味を理解するにつれて、じわじわと頬が熱くなった。
十四郎を気遣った訳では無く、本当に心配してくれていたのだ。
嬉しいけれど、それでもやっぱり銀時の傍にいたかったなぁと思う自分は我が儘だろうか。
そんな事を思う自分が卑しく思えて、十四郎はきゅっと唇を引き結んだ。

「コラ、何でンな顔してんだ」
「………」
「嬉しいんなら、素直に喜べばいいだろうが」
「いひゃっ、なに、いひゃい…ッ」

むにぃっ、と両頬を抓み上げられ、十四郎は痛い痛いと抗議するが、高杉は更に容赦なく頬を弄り回す。
頬が熱っぽい痛みを訴え出した頃、ようやく解放されて、十四郎はすかさず自分の両手で頬をガードした。

「何すんだよッ!」
「固くなった顔の筋肉をほぐしてやったんだろォが。有り難く思え」
「頼んでねェよ!」

更なるちょっかいを警戒して高杉から距離を取る。
顔を合わせた当初は、高杉は頼りになる兄的存在だと思っていたが、十四郎の精神が落ち着くと、次第にそうでない面も見せ始めた。
例えば今のように。
いじめっ子気質なのだろう。
以前にも、その片鱗はあったと今なら気付けるのだが、その時は全く気付かなかった。
最近、特に顕著になってきたソレに、十四郎はやっと警戒することを覚えた。

「…で、準備はしてるのか?」
「?」
「オイオイ、忘れてんのかァ?銀時の誕生日、もうすぐだろォが」
「た、んじょうび…?」

唐突に転換した話題に、そんなの知らない、と首を振れば、あのバカ言ってなかったのか、と高杉は舌打ちする。
言っていいものかどうか迷うように暫く逡巡した後、高杉は一つ溜め息をついて、口を開いた。

「十月十日は銀時の誕生日だ。プレゼントに迷ってんじゃねーかと思って来たんだが、まさか教えてねェとはな…」
「銀時の、誕生日…」

あんなに一緒にいたのに、そんな事すら知らなかった事実に、十四郎は呆然とする。
よく考えると、銀時のことなど何も知らないことに気付く。甘いものが好きだとか、そういう事なら分かるけれど、生年月日などは知る機会など今まで無かった。

「何も用意してねェ…」

今は顔を合わせる事も無いけれど、幼い頃は両親に誕生日を祝ってもらい、プレゼントを貰って、嬉しかった記憶はある。
なのに、とても恩のある銀時にプレゼントを用意しないのは、十四郎に大きな罪悪感を覚えさせた。
十月十日まで、あと数日しか無い。
銀時にプレゼントを用意したいけれど、それを選んだり買う為に銀時の傍を離れるのは堪え難く、どうすればいいのか分からず途方に暮れた。
ほんの少しの時間でも、銀時の傍を離れたくない。けれど、渡す本人のいる目の前で銀時の誕生日プレゼントを選ぶのは何か違う。
どうせなら驚いてほしい。喜んでほしい。
その為にほんの数時間、銀時の傍から離れるくらい我慢出来て当然なのだろうが、やっと見つけた安心できる場所。つまり銀時の傍から例え数時間でも十四郎には耐え難く感じられた。

「いい方法、教えてやろうか?」
「え?」
「銀時が絶対に喜ぶ、しかも土方にしか出来ないプレゼント。教えてやろうかって言ってんだよ」
「!」

俯いていた顔を勢いよく上げて、十四郎は高杉を見る。
そんな理想的なプレゼントがあるのかと半信半疑で問えば、高杉はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
最近、少し意地悪になったけれど、やはり頼りになる兄的存在…だと思い直しかけたが、その表情はどう見ても悪巧みをしているようにしか見えない。
けれど、高杉の言う『プレゼント』以外に、良い方法を思いつけない十四郎は、その案に乗るしかなかった。




高杉の手を借りて、何とか準備を終えて迎えた十月十日。
十四郎は、銀時の匂いが残るベッドの上で、そわそわと銀時の帰りを待っていた。
サイドテーブルには、本を見ながら何度も失敗した、歪な形の手作りチョコレートケーキが置いてある。
銀時は甘い物が好きだから、チョコレートケーキを用意するのは分かるけれど、何故銀時を待つ場所がベッドの上なのか、十四郎には良く分からなかった。不思議には思ったけれど、十四郎は大人しく高杉の指示に従う。
だって喜んでほしいし。あそこまで自信満々に絶対喜ぶからと太鼓判を押されると、そうなのかなと思えたのだ。例え、高杉の顔が楽しい悪戯を思いついた子供の表情だったとしても。
銀時は今日、早めに帰ると言っていたから、きっともうすぐ帰って来る。
全神経を入り口に集中させていると、聴覚がドアの開く音を捉えた。

「とーしろー?」
「銀時!」

パッとベッドを飛び降りて駆け寄りかけて、十四郎は思い止まる。
そうだ。ベッドで待ってなきゃいけねーんだった。
高杉の言い付けを思い出して、十四郎は抱きつきたい衝動をぐっと堪える。

「ただいま、十四郎」
「おかえり」

ベッドまで近寄って来た銀時は、十四郎の頬にキスを贈り、隣に腰掛けた。

「ベッドでお迎えなんて珍しいね?」

銀時よりも先に家へ帰った時は、銀時が帰ってくる時刻が近くなると、十四郎は玄関前でそわそわ待つことが多く、玄関が開くと同時に出迎えるのが当たり前になっている。
なのに、帰って来てすぐに出迎えたい気持ちを堪えてベッドで待ったのは、今日この日の為に他ならない。
十四郎の黒髪に指を通し、唇はもちろん瞼や額と至る所に口吻けてくる銀時に、十四郎はくすぐったそうに首を竦めながら、サイドテーブルに手を伸ばした。

「銀、あの、これ…」
「ん?」

取ろうとしたのだけれど、届かなくて仕方なく指差せば、銀時はようやくサイドテーブルの上の物に気付いたようだ。

「ケーキ?」
「美味くねェかもしんねーけど…」

少し歪な形をしたそれは、飾り付けも不器用で、一目で手作りだと知れる。
甘い物に関しては、舌の肥えた銀時に何と言われるだろうと、ドキドキしながら銀時を見ると、銀時はケーキを見つめたまま目を丸くしていた。

「十四郎が作った、の?」

信じられないと言うように、十四郎へ視線を移す銀時に、こくりと頷いて見せると、その表情はますます驚きに彩られる。

「マジでか。いや、器用だとは思ってたけど、すげーな…。あ、ここんとこ早く帰ってたのは練習の為とか?」

銀時の仕事の都合上、十四郎だけが先に家に帰されることは珍しくない。一時たりとも銀時から離れたくなくて、外に一人で出かけるなんてしたくない十四郎が唯一ひとりでいても平気な場所は銀時の気配が染みついたこの家だけだった。だから、この家でならケーキの練習も出来たのだ。

「ケーキなんて作ったことなかったんだから、仕方ねーだろ。もういいから、食べてみろよ」
「お、おう。でも何でいきなりケーキ?」

そわそわと落ち着かない様子でケーキに手を伸ばそうとした銀時はしかし、十四郎の行動が腑に落ちなかったらしく、首を傾げた。
今度は十四郎が驚く番である。
まさか訊かれるとは思いもしなかった。
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