通常文1
□禁じられた名前
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実るだなんて思いもしなかった恋が実ってから一週間。
もうすぐ夏休みだというのに、それすら待ちきれず、土方は週末を利用して銀八の家へ遊びに来ていた。
もっとも銀八が『おいで』と言ってくれなかったら、自分から言い出すことは出来なかったのだろうけど。
「おじゃまします…」
「はい、どーぞー」
割と小奇麗なアパートの一室に、銀八は住んでいた。
ドキドキしながら震える指でインターフォンを鳴らせば、銀八はすぐに土方を出迎えてくれた。
Tシャツにチノパンという何気ない恰好なのに、銀八の私服姿というだけで土方は目が離せない。
好きな人が普段着で自分の目の前にいる。それだけで自然と胸が高鳴るのに、今日の銀八はどこか男くさい印象を受ける。
「先生、無精髭…」
「ん?ああ、剃り忘れたな。あとで剃んねーと」
「先生も髭生えるんですね」
顎に手を当てて、じょりじょりと摩っている銀八に、土方は当たり前のことを言った。
成人男性なら、殆どの者に髭が生える。
頭では分かっているのだが、銀八に生えるのは何故か意外に思えた。
「多串くんも生えるでしょ?」
「俺はあんまり…」
あんまりというか、土方は髭が生えたことが無い。
あるのは、ぽやぽやとした産毛だけだ。
背も伸びて、成長期に差し掛かっているだろうに、土方にはそういう前兆があまり無かった。
体毛が薄いのは遺伝かもしれないが。
「あー、多串くんアソコの毛もつるつるだもんねぇ」
「つ、つるつるじゃありません!!」
確かに土方の陰毛は薄いかもしれないが、全く無いというわけではない。
知っているくせに揶揄う銀八に、土方はむぅっと頬を膨らませた。
「冗談だって。ちゃんと生えてるもんな」
「知りません!!」
可笑しさを隠し切れないというように笑う銀八に、土方はそっぽを向く。
こんな子供っぽい態度は取りたくないのに、銀八相手だと取り繕うことも出来ない。
「まあ、そう怒るなって。そこ暑いだろ?部屋冷房してあるから早くおいで」
「え、あ…」
部屋の中へ入っていく銀八の背中を、土方は慌てて靴を脱いで追いかけた。
慌てていても、靴をきちんと揃えるのは土方の律儀な性格が為せる業だろうか。
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