小説
□夜中の不安と喜びと。
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「なぁ」
「……ん?」
ベッドに寝そべって天井を見上げたまま呼び掛けると、一拍遅れて眠そうな声が返ってきた。
いつもなら自分の隣りで発せられるその声が、今は少し離れた場所から聞こえてくる。
まぁ、離れた場所といっても大した距離ではないのだが、手を伸ばしても触れられないと思うとなんとなく寂しい。
彼は呼吸音すら聞こえないほど静かに眠るので、こうして別々の寝床で横になって明かりを消すと、いるんだかいないんだかさえ分からなくなってしまう。
彼がそばにいないと眠れないなんて馬鹿げたことを言うつもりはないし、彼に限って何も言わずに姿をくらましたりはしないと分かってはいるのだが。
無意識に小さな不安を感じている自分自身に気付いて苦笑する。
まったく、どうしようもない。
ごろりと寝返りを打って、彼がいるであろう暗闇の先に目を凝らす。
ベッドの向かいの壁際に置いてあるソファの上、予想通り彼は窮屈そうに寝転んでいる。
たまにもぞもぞと動いているから、まだ眠ってはいないだろう。
完全に寝入ると身動きひとつしないのだ。
「狭いだろ」
「…狭い」
「こっちに来たらどうだ?」
「…面倒臭い…」
またしても一拍遅れた彼の返事は、さっき以上にもにゃもにゃと締まりがない。
彼に取り憑いている睡魔はなかなか仕事熱心なようで、着実に眠りの淵へと誘っている。
(あぁこら、勝手に連れて行くんじゃない。そいつは俺のなんだから)
音をたてないようにそっとベッドから降りた。
忍び足でソファに歩み寄りながら、考えを巡らせる。
あの狭いソファに無理やり押し入ってやろうか、
それとも優しく彼を抱き上げてベッドまで運んでやろうか。
目を閉じた彼の横顔が見えてきて、口の端がニヤリと持ち上がるのを感じる。
もう、手を伸ばさなくても届く距離。