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□散.難儀
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舞い上がっていた土埃が静まった頃、私は侍医団の一人に傷の手当てをしてもらっていた。
茶髪の男“さなだゆきむら”と呼ばれていた男に連れられてここへ来た。
周りには他にも負傷した侍が沢山いて、例えば大きな刀傷のようなものを背中にうけていたり、腰や肩に矢が刺さっていたり、いかにも戦で傷付いたという怪我を初めて目の当たりにして少し体が強ばった。
“さなだゆきむら”はそこにはいなかった。
私が侍医団の一人に「どこを怪我されたのか」と問われて見せた太股に目をやった途端、顔を赤らめながら「あとは頼んだぞ」と言って何処かにいってしまったのだ。
それを見た侍医団の人は「幸村殿は相変わらずですなあ」と笑っていた。
その微かな笑顔は、血塗れの戦場とは不釣り合いだった。
私はすぐ側にあった手頃な岩に腰掛けた。
大して深くはないと思っていたがそれなりに出血していて、侍医団の人は傷に薬らしきものを塗り綺麗な布を巻いてくれていた。
「……手当ては終わったのか」
声に気付いて見上げると、そこには例の茶髪の“さなだゆきむら”がこちらを見下ろしていた。
私が見ていた限りずっと、肌身離さず持っていた二槍の槍はもう持っていなかった。
怪我を気遣ってくれているのか、立ち上がろうとする私を制止させ、私の前に立て膝をつき目の高さをを合わせてくれた。
「終わったよ、ありがとう」
「いや……そなた、御名を聞かせてはくれぬか?」
「(…“おな”?……ああ、名前か。)……竹里。竹里由良」
名前を聞くと“さなだゆきむら”は突然頭を下げた。
「すまぬ由良殿ッ!某がついていながら女子に傷を負わせるとはッ…!」
あまりの勢いに、砂埃が舞い上がった。
「(それがしって何だろう…一人称かな…)いや、ホラ結局助けてもらったのは私だし…ちょっと顔あげてよ。大丈夫だから、全然」
この人の所為ではないのに、額が地面にめり込んでしまうのではないかと思うくらいの勢いで土下座をするものだから私は戸惑った。
「…しかしッ…敵に背中をとられた挙げ句、あまつさえそれを女子に救われるとは!!御館様になんと申せばッ……!!」
わなわなと震えながら目を見開き拳を握る“さなだゆきむら”。
「(…………さなだゆきむら…………どこかで聞いた名だな…さなだゆきむら…さなだ……)」
私は懸命に記憶の引き出しを引っかき回したが、“さなだゆきむら”という名はなかなか見つからない。
「ふーん。真田の旦那、その子に助けられちゃったの」
ふと、視界の隅に深緑―――いや、迷彩柄の何かが映った。
「佐助!いつからそこにいた!?」
「まあ…殆ど最初から」
今度は、上から下まで迷彩柄の衣服を纏った男が“さなだゆきむら”に話しかけていた。
腰には大きな手裏剣とおぼしい武器をぶら下げていて、土埃にまみれたその様子からすると、先程まで私が巻き込まれていた「戦」にこの男も参戦していたようだ。
周りを見れば侍ばかりで、時代劇を思わせる薄汚れた甲冑や馬や弓矢や槍の中の迷彩柄は、奇抜で逆に目立って見えた。
「(……さすけ?…って言ったよな…)」
“さすけ”に大きな怪我はないようだ。
様子からして、“さなだゆきむら”と“さすけ”は同僚―――というよりは戦友という言葉の方がしっくりくるかも知れない。
「で、その子に怪我させちゃった訳ね」
「…う……」
“さなだゆきむら”は図星をつかれたようにたじろいだ。
「でもまあ、兎に角大きな怪我じゃないみたいだし、良かったね。由良ちゃんっていうの?」
“さすけ”は私に向き直ってにこりと笑った。
先程の侍医団の人もそうだったが“さすけ”もまた、一笑しただけなのに、その笑った顔が随分とこの戦場には似つかわしくないと思った。
「家はどこ?送ってくよ。あそこにいたって事はこの近くだよね?」
保育園の先生のようにニコリと笑い、家はどこかと聞かれて私はハッとした。
そうだ、思い出した。
先程引っかき回して散乱していた記憶の引き出しの中身が、綺麗に小分けされて整理され、再び引き出しの中に収まった感じがした。
顔を上げ、口を半開きにした。
黙りこくる私に、真田幸村と猿飛左助は顔を見合わせた。
「………真田幸村と…真田十勇士猿飛佐助か…」
名乗ってもいない自分達の名前がつい今し方知り合ったばかりの小娘の口から出た事と、記憶の引き出しが整理され目を丸くした私の表情に、二人は首を傾げた。
有り得ない。
でも、もしかしたら私は……黙りこくる私に、真田幸村と猿飛佐助は顔を見合わせた。
「…“家はドコ”か……その質問に答える為には、まず私から質問をしなきゃならないな」
疑問符を浮かべる二人に、私は“馬鹿馬鹿しい質問だけど”と前置きした。
二人はまだ状況が飲み込めないらしかったが、頷いてそのまま聞いてくれた。
「ここはドコで、今は何年なの?」
自分でも馬鹿げた質問だと思った。
だが目の前にいる彼等が当然の如く、ここは東京のどこどこで、今は平成18年だと答えてくれる事を期待していた。
だが無情にも私の期待は簡単に切り捨てられた。
二人は再び顔を見合わせてから私を見た。
「ここは川中島だよ」
「うむ。時は延長二年だ」
私は、今が夢であるように願ったが、右足の傷の痛みが現実である事の何よりの証拠だった。