過去拍手SS

□過去拍手SS集
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 〈甘露:高杉晋助〉



今までの俺にはあの人しかいなかった



あの人が俺の世界の全てだった



どんなに奪っても壊しても還っては来ないと知っていても



他にどうしたらいいのか分からなかった



この世界からあの人が消えた瞬間に、俺の刻も止まったのだと思っていた



やがて俺の脱け殻は、黒い獣に奪われ、破壊と殺戮の狂喜に酔い痴れる日々



そんな俺の前に現われたお前は、天からこぼれ落ちたひと雫の甘露



獣と化した俺を憐れんだあの人が、ひっそりと遣わしたのだろうか




あの人の面影を求め



あの人を奪った世界を憎み



為す術を失った俺の隻眼に映ったものは



ただ無垢に微笑むお前の姿



狂気以外の一切の感情をなくした俺の、錆びついた心さえも『カタリ‥』と動かしたお前を




壊したくないと…




失いたくないと…




願っても…赦されるだろうか



お前の傍でなら…獣にこの身を奪われる前の、誰かを愛しいと思えた自分に戻れるだろうか




ゆらゆら揺れる温かく仄暗い海で微睡んでいた幸せな記憶は、既に無くして久しい



遠い昔、この腐った世界に生まれ堕ちたと同じ日に、お前と出逢えた奇跡を信じ



もう一度だけ、お前という清らかな光に手を触れてもいいのだろうか



数多の血を浴びた不浄なこの身で抱き締めたらば…



やはりお前を汚してしまうだろうか





一度だけ…





一度だけでもかまわねェ







『俺ァ…お前ェに触れみてーんだ…』






なァ?




せめて今日だけは…





心の奥底に沈んだ筈の、優しい記憶の蓋を開けても罰は当たるめェ……







8.10
Happy birthday☆晋助
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