*魔人探偵脳噛ネウロ*

□会遇
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父が殺された。




それは突然のことで、淳は信じられなかった。書斎に一人でいた時に強盗に襲われたと警察に言われるまで、淳はタチの悪い冗談だと思っていた。まさかこんな悲惨な事件が自分の家で起こるなんて思ってもみなかった淳の家族は戸惑いを隠せないでいた。さらに、犯人捜しは難解らしく、事件解決に進んでいるようには見えないことに淳は苛立ちを覚えた。
それでも刑事たちは淳たち家族のところに足を運んでは何度も同じ話を聞いていった。



「───…それで、大学の講義中に呼ばれたんです」

「うん、ありがとう。何度も同じ話をさせちゃってごめんね」

「いえ…」



何度も同じ話を繰り返すことに嫌気がさしてきた淳の内心を察した刑事が眉尻を下げ、申し訳なさそうに微笑んだ。淳は咄嗟に否定したが、後に続く言葉が思い浮かばず、言葉を濁した。話を聞いていた刑事は人の良さそうな笑みを浮かべ、後ろでメモを取っていたもう一人の刑事を一瞬だけ見る。
白髪交じりの人の良さそうな笑みを浮かべる刑事が話を聞き、後ろに控えるくたびれた様子の刑事が話の内容をメモする連携のようだ。



「淳君のお父さんは周りからどんな風に思われていたか知っているかい?」

「……父は…」



刑事に聞かれて、淳は父の記憶を呼び起こした。子どもの頃はよく遊んでもらったが、だんだんと自分が大人になるにつれ、父との会話も少なくなってきていた。葬式で泣いている同僚の人を見て、初めて自分の父親がこんなにも周りの人から好かれていたのだと知った。…こんなことになるなら、もっと父と話しておけばよかったと淳は後悔していた。



「…お兄ちゃん、もうすぐお葬式が始まるよ」

「あぁ、今行くよ…すみません、失礼します」

「あぁ、こんな日に悪かったね」



妹の弥子が淳を呼びにきたことで事情聴取はうやむやに終わった。普段は元気のいい弥子が泣き腫らして真っ赤になった目で空元気に笑顔を作った。妹のそんな痛々しい表情を見たくないと、淳は俯くように刑事たちにお辞儀をし、弥子の方に歩き出した。



「…さっき美和子さんがケーキくれたの」

「そう、よかったね」

「うん、すっごく有名なお店でね…」



食べることが人一倍好きな弥子の為に買ってきてくれたんだろうと淳は思った。家政婦として雇われている家で殺人事件なんて…本当は気味悪がるだろうに、彼女はずっと家族のことを心配してくれていた。



「母さん」

「淳、どこほっつき歩いていたのよ」

「裏庭で休憩してたんだ。寺の庭って入れる機会めったに無いじゃん?」



葬式会場では真っ黒のワンピース姿で毅然とした喪主を務める母親が忙しそうに動き回っていた。淳に背を向け、最後のチェックをしている母親の背中がふいに目に入った。子どもの頃は大きな背中だと思っていたのに、いつの間にか自分の方が大きくなっていたことに淳は気づいた。



「ほら、呆けてないで!もうすぐ始まるわよ」

「はーい」



母親に急かされ、淳は並べられた座布団を気持ち程度に揃え直した。それから、ぞくぞくと慰問客が来ては父にお香を供えていった。住職の念仏がやけに他人事みたいに思え、淳は父が居なくなった実感が湧かなかった。

慰問客に挨拶をしている間、淳の背広の裾を握る妹の震える手だけがやけに現実的だった。
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