Serial-月は全てを黙視する-

□満月の告白
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「はぁ…ッ、んん、…」

土方との関係が始まって数週間が経った。
行為は満月の夜だけでは留まらず。榎本には頼んだつもりはないが、土方が休日に必ず榎本の家に上がり込んで来て、血を与えてもらえる対価に身体を弄ばれている。
榎本の部屋は仮にも社長の身分に見合う高層マンションの最上階だ。それを土方は見て、吸血鬼っつったら、ごっつい洋館じゃないのかと溢していたが。
その部屋で、中途半端な半月がぽっかり浮かぶ夜も、土方から血をそれは沢山頂いた。飢えが満たされようが寧ろ呑めと強要された。
そして愉悦に土方が奮えれば、行為が始まる。
榎本は前を口に含まれ後孔を指で掻き回されていた。
ぐちゅぐちゅと下肢から響く濡れた音に、羞恥を掻き立てられる。

「も、ゃだ…イカせ…」

「まだ」

「あぅ!や、やだ…それやあぁっ」

根元を紐で戒められたまま前立腺を擦られて、榎本は身を捩らせる。
この数週間で、榎本は後ろで感じることに慣れ始めていた。蕾の奥だけの刺激で達したこともある。
けれど、今日はまだ一度もイかせて貰えていない。
与えられる愛撫の手から逃れたくて榎本は俯せるように土方へ背を向ける。
しかし、強く腰を引き寄せられ余計に羞恥を煽られる羽目になった。

「逃げんなよ」

「やぁ、あ…」

背後に回り込んだ土方に抱きすくめられ、蕾を掻き回されながら囁かれる。
腰にクる低音に、榎本はふるりと震えた。

「も、いやぁ…たのむから…っ!!」

「アンタ、イクとすぐへばるだろ?俺はまだアンタに触りてーの」

「そ、な…」

これ以上この身体の一体どこを触るというのか。
もうこの男が触れていない場所など無いのに。
土方は何が楽しくて自分にこれほど触れてくるのか、榎本は分からなかった。
訊けば、『アンタが煽るからだろ』などという答えが返ってくるのだけど、生憎尋ねたことは一度もない。
自分は土方にとって悦いのだろう牙を持ち。精処理の相手かもしれないが、男に変わりはないのだ。
鬱憤を晴らすにも、土方には他にも相手はいるだろうに。ただ、異形の自分が物珍しいだけなのか

「やだ、ゃ、や…ふあぁ」

口では嫌と言いながら、柔らかくとろけた中は、土方の指に絡みついてひくひくと蠢く。視界は涙でさらに霞み、榎本は白いシーツを握り締めた。
土方との情事の中で、拘束されたことは無い。
そんなことをしなくても、血に飢える榎本は逃げられないと土方は知っているからだ。
土方は仕事中にも隙を見て榎本に触れてくる。
擦れ違い様やエレベーターの中。トイレに人気の無い資料室、果てはデスクの陰に隠れて自身を撫でられたこともあった。
頼んでいないとはいえ休暇の度に榎本と会っているから、土方はその間女と逢っていないことになる。
榎本は飢えに困ることはなくなったし。それに、土方の愛撫は優しい。
まるで恋人にするよう土方は榎本に触れてくる。
だから榎本は感謝こそすれど、拒んだりは出来ない。
そして、けして土方は榎本の中に自身を収めようとしなかった。それも、自分が泣いて拒否したことだ。
その事実が、榎本に土方との関係性を訴える。
自分は人を惑わし生き血を啜るヴァンパイァであり、土方は食餌。
性交は、吸血行為の果てに高ぶった欲を鎮めるだけの、ただの性処理だ。
深く交わる必要は無い。


「ひぁ、や、あ…も、あぁぁっ…!!」

その夜、榎本が開放させて貰えたのは一度きり。
土方がイッたのも、榎本が奉仕した時の一度だけだった。






この日、土方があんな事を言い出さなければ、榎本の気持ちが変わることは無かっただろう。


ふと目覚めた時、土方の姿は既にベッドになかった。
きょろきょろと辺りを見回して、閉じられたままのカーテンから僅かでも溢れている陽に目を細める。
目覚めたら土方が居ないのは毎度のことなので気にも留めず、榎本はベッドを這い出てバスルームに向かった。

「いない、?」

土方の姿は家の中に無いようだった。
コンビニにでも行っているのだろうか。いや、もう帰ったのかもしれない。
良く回らない頭でそんなことを考えつつ、榎本は色んな液が乾いて汚れている身体を清めた。



「風呂、一人で入れたか」

「…いつも一人で入ってるよ」

風呂から出ると、土方はいつの間に戻って来たのか、既にソファで寛いでいた。
内心の驚きは表に出さず、榎本はぶっきらぼうに答える。

「最初はそんな余裕無かったのにな。慣れたのか?」

「うるさいっ。それより、なんで戻って来たの?」

時を経るにつれ快楽に順応し、淫らになっていくこの身体の話題を続けたくなくて、榎本は土方に聞く。
頭をタオルで適当にガシガシ掻き回しながら土方の隣に座った。

「なあ、お前さ、」

「ん?」

問い掛けに答えて貰えず、榎本は軽く眉を寄せる。
さして興味のある話題ではなかったとはいえ、無視されると気持ちの良いものではない。

「グラタン、喰うか?」

「は?」

唐突に問われて榎本は益々眉を寄せた。
今までの会話の流れで、どうしたらその発言に繋がるのか榎本にはさっぱり分からない。
腹が減った。と端的に自分の状態を表す土方に、榎本は呆れて小さくため息を吐いた。

「そんな材料ないよ」

見るまでもない冷蔵庫には、酒と水しか入っていないと榎本は記憶している。
外や会食では不自然じゃない程度に人間の食べ物を口にするが、本来は食べなくても支障はない。酒も自分の栄養にはならないただの嗜好品だ。

「さっき買ってきた」

なるほど、居なかったのはその所為か。

「ふーん、自分で作れるなら作れば?」

「そのつもり」

材料まで買に行ったなら、そのまま家に帰って作って食べたらいいのに。と
もっともらしい事を思ったが、土方がここで作って食べる気なら仕方無い。
榎本は半端に開くカーテンからの日を避ける為にベットの隅へ座り込み、
ビニール袋を持ってキッチンへ向かう土方の背中を、目で暫く追っていた。


自分には食べ物が必要ないために作った事も作ろうとした事も一度もない。
でも、仮にも男の独り暮らしならば何か簡単な物でも作れるのは当たり前か。
グラタンが簡単なのかどうか榎本は知らないが。
ご丁寧に鍋やら道具まで揃えて土方は暫く台所に立っていた。榎本は特にそれにも文句は言わなかった。
なんせ、思わず音や匂いに誘われて、気付けばすぐ脇から手元の様子を伺っていた榎本にもわかるほど土方は器用に手際よく作業していたのだ。


「ほらよ」

「わは、すご…」

材料は二人分あったらしく、なんと自分の分も用意していたらしい。
出来上がった物を見て榎本は思わず感激した。

「よく作れるね、君」

「ん?ああ、大抵のもんはコレで大丈夫」

土方がひらひらと振ってみせたのは現代の文明の利器。携帯電話。それでレシピを検索したのだろう。
まあ自分が人であれば素直に食事を見て美味しそうと思えるのだろうが、
そうじゃない、榎本は土方を素直に凄いと思ったのだが、まあいい。


「んじゃ、いただきます」

行儀よく手を合わせ土方は、いただきますをする。
道具すらも無い部屋を見て自分に食事が必要ないことを土方はとっくに知っているだろうが、
とくに何も言わずに自分の分まで用意されているのだから、榎本は土方に習っていただきますをした。

「熱いから気ィつけろよ」

「うん、はふ、…ぁひッ」

「おま、今言ったばっかだろーが…」

榎本がグラタンを口に運ぶと、熱いくらいに暖かい。
自然と微笑いが溢れてきて、向かえの土方を見れば、土方の唇にも笑みが浮かんでいた。

「料理上手いんだね。美味しいよこれ」

「味わかるのか?」

「味覚くらいあるし。ヴァンパイァはグルメなんだよ。知らないの?」

「あーそうかよ。火傷すんなよ?」

「……ん」

笑いながら言われて、榎本は何故か頬を赤くしてしまい、隠すよう土方から目を逸らし。
そのあと、榎本は一言も喋らず黙々とグラタンを平らげた。





その日を境に、土方の榎本に対する態度が変わった。
相変わらず吸血行為は強要されるけれども、
それまでは、榎本が情事の最中に気を飛ばしても後始末などしなかったのに、今は身体を拭き新しいシーツに寝かせてくれるようになった。
休日の過ごし方も変わった。押し掛けて来るのも相変わらずだが、
いつもならベッドに放置されるか、身体を触られていたのに、今は榎本にべったりとくっついているだけの時が度々ある。
土方の気分次第では食事を作り始め、それを一緒に食べたりするようにもなった。
榎本が移動すると後をついて来る。ソファに座れば、膝の上に頭を乗せてくる。所謂、膝枕だ。
一体何がしたいんだと問うも返事は無く、なんとなく闇色の髪を梳けば、気持ち良さそうに土方は目を細めた。
まるで黒猫のようだ。そう思うと、くすりと笑みが零れる。
その時ふと、榎本は土方の事をかわいいと思った。
無意識に浮かび上がったその感情に、榎本は動揺した。
土方とは、食餌目的というただそれだけの、深く相容れる必要も無い関係の筈だ。なのにこんな感情を持つのは、おかしい。
今のままでなにも不都合が無いのだからそれでいい。
そう榎本はその感情から目を逸らし、気づかなかったフリをした。




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