土榎r-novel

□親愛なる君へ弔いを
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これまで、こうしてこの人に触れたのは一度だけ。
それは海の上で、この人の、あの船の中だった

それから、この地に来て早々に俺は松前遠征で市中を離れ。会っていない

この海辺の町で落ち合うのは始めから手筈になっていたこと

だから俺は、絶対的に優位と分かっていた勝負にケリを着けた暁には、
この人をこの場所で抱く。そう決めていた。
灰と化した城下町の中でも俺は、時折その事を考えていた


――最低だな。



二人で、開陽が沈み逝くのを見届けた後、
コイツは誰とも顔を合わせていない。
と、大鳥さんから聞かされたのは今日の昼間

その時、その男が語った。

コイツが、異国に、海や船に、関心を示す理由と意味。
あの船に託した誇り、意志や想いの丈全て。
それと、開陽とこの海へ辿り着くまで歩んだ四年の歳月や。
艦長になった時、江戸海戦の時。
設計から一人ずっと見守っていた事。
進水式の時の事。
合流する間際の事。

以前に本人から直接聞いたと前置きがあった


だから分かった。
一緒じゃねぇか、コイツも俺も



もっとも、カタチやモノが違えど、
同じように、命そのモノすら意問わず血の滲む想いや苦労をし続けて
同じように、短いようで長い月日に無我夢中で心血を注ぎ込んで

漸く掴んだモノが、
手から離れていった絶望感。
喪った時に訪れる果てしない虚無感。

それを一度だけ、
俺も思い知った事がある



流山のあの時に、
確かに、“近藤勇の新選組”は終わったのだ。
此処にある“新選組”は同じモノであるようで、
けして、同じモノではない


きっと、
昨日、松の木の横で見たこの人と同じ顔を、
俺はあの時に、近藤さんに見せていたのだろうか。

部屋に入った直後に見たこの人と同じような眼を、あの時の俺もしていたのだろうか

そう思うと堪らなくなった

そして、今日やっと触れられたのだ。
と言う飢えきっていた欲望も合間って、簡単に止まれそうもない

「ンッ、…はっ!」

漸く離してやった後、
少し潤んだ瞳が俺を睨む

途中で抵抗しなくなったのは屈した訳じゃねぇのか。
まぁこの人の、この自尊心が滲み出る勝ち気な眼は嫌いじゃない。
寧ろ、そこに惚れたのも事実だ

「…帰って。そんな気分じゃない」

「そんな事ァ、知ってる。だから抱かれろ」

「なんで」

眉根が更に寄った。
それを気にせず、
元から赤く僅かに腫れた目尻へ唇を落とし。
流すよう耳元へもっていく


「まだ、泣き足り無いと思わないか?」

「っ!?―…」

的を得たのか。
大きな瞳は見開かれ余計にデカくなった


「泣かせやるよ。一人で泣かせンのは惜しいから」


言った時、パンッと乾いた音が狭い部屋に響き余韻を残した
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