土榎r-novel

□魅惑の火酒
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 ※…異物使用




「はい、呑んで」

「……あぁ……」

ソファーに隣合わせに座る榎本が土方の顔面にグラスを差し出し。困惑を浮かべながらも土方はそれを素直に受け取った。
その次に榎本はボトルから自分のグラスへ、その濃い赤紫の液体を注ぎ込む

「いっぱい持って来たからね。今日は朝まで呑むよ」

満面の笑みを浮かべる榎本に土方は渋々グラスに口を付けた。
土方の非番に合わせ丁サへ泊まりに来た今日の榎本は何を思い立ったのか、土方が下戸と知っていながらも酒を持参し。呑ませていた

「意外とイケるでしょ」

「あ―……まぁな…」

ワイン独特の渋味に眉を寄せながら呟いた。
嬉々とした榎本の表情を曇らせる訳にはいかないとお世辞ながらに言う。

「特注品だからね」

その世辞に気を良くした榎本は、コクとグラスの中の液体を喉に流し込んでいる

「嫌いな訳じゃねぇ。ただ好きでもねぇだけだ」

特注品だろうが何だろうが土方にとってはどうでもいい事だ。
酒に弱い体質な事もあり昔から嗜む程度だった。
そして蝦夷に来て、渋味が更に強いウィスキーや甘いシャンパンやら洋酒までも付き合いで飲むが、やはり好きにはなれないのだ

「昨日ね、ブリュネさんから良い物貰ったんだよ」

と言っても、榎本とブリュネの間で良い物と言えば、やはり酒だろう。土方にすれば良い物とは思えない

「良い物?」

「うん」

「何だよ」

少し悪戯な笑みで後ろ手に何かを隠す榎本に、知らぬ素振りで聞き返してやる

「コレ!」

上機嫌に差し出されのは、やはり酒瓶だった。
透明な瓶に入った液体は水の様に同じく透明で奥の景色を歪んで見せる

「洋酒か…?」

にしては日本酒や焼酎の様に無色だ。
今まで呑まされたワインや他の洋酒には赤や琥珀色やシャンパンの様に泡立つ物があったし、ソレしか見た事が無いが。瓶に書かれた文字は日本語ではなかった


「…ロシア語…?」

暫くその文字を見ていると、前にブリュネから教わった事のある綴りが読めた

「当たり!ロシアから輸入してくれたヤツなんだけど。皆には内緒だよ」

ワクワクと言った様子で人差し指を口元で立て浮かれている。
二人だけの秘密と言う響きに興奮しているのか、ただ単にこのロシアの酒を前に興奮しているのか分からない

「何で内緒なんだよ」

「貴重なお酒だからさ、太郎ちゃんにバレたら取られちゃうし」

松平も相当な酒好きだが、コレが貴重でそれほど旨い酒なのか、
無色透明な見た目では日本酒とさほど変わらないから判断しかねる

「それに、このお酒は危険なんだよね。少しずつ飲まないとさ」

「は?」

酒のくせに何が危険なのか。土方は首を傾げながら、グラスではなく小さな銚子に注がれる液体を見た

「ぅわッ、臭ぇ」

「お酒だもん」

そう言われれば確かに酒なんだからアルコールの匂いはする物。
だが、この水の様な液体は今までの酒とは比べものにならない程に、その匂いが鼻に突き刺さり土方は顔を醜めた

「火酒って言って、この酒に火を灯けると本当に引火するくらい強い酒だよ」

「焼酎よりか?」

「勿論、下戸の人が水で薄めないで飲めば死ぬって聞いた」

「死ぬだと…?」

そんな酒がこの世にあるとは信じがたい。
酒の知識など無く興味も無いが、目の前にその実物があるのだから話しに聞き入ってしまう

「ロシアは寒いから、火が出る程に強い酒で体を暖めるんだよ。ウオッカって言うの。ロシア語では水って意味だけど…」

「まぁ見た目は変わンねぇしな」

土方は榎本の説明を聞きながらも人差し指の先を銚子に付けて、それを舐めてみた

「っ―…気持ち悪ィ」

酒かどうかも分からない間に、ただ口の中が焼ける様に熱くなり独特の臭いと味が広がる

「さすがに原液は、君にはキツいと思うよ」

もしこの液体を舐めるのではなく、呑んだとしたら急性のアルコール中毒で倒れていたかもしれない

「太郎さんが好きなんだよねコレ。没取されたら絶対に飲まれちゃうから内緒だよ!」

再び念を押す榎本は、キリッと土方を見るが
上目遣いで口を尖らせているだけで凄味は無い

「別に告げ口なんざしねぇよ」

それより、こんな物を好物にしているとは、あの松平らしいと納得してしまう。
煙草に火を点けた横で、
榎本が銚子を嬉しそうに持っている

「アンタは水で薄めないのか?」

「うん。本来はこのまま飲む物だよ。ただ強過ぎるから薄める人が多いってだけだもん」

平然と返す榎本はロシアのウオッカと同じく蒸留酒のオランダで飲まれているジンすらも平気で飲むのだ。
ジンに比べればウオッカの方が幾分かは弱い。
弱いと言っても日本酒などの比ではなく
ウオッカはアルコール四〇度数を超え、更にオランダのジンなどは五〇度を超える物もある

「餓鬼みてぇな面してンのに…」

榎本の容姿からは想像もつかない。
況してやこんな酒など無縁な様に見えるギャップに小さく溜め息を吐き出した

「飲み過ぎるなよ」

「大丈夫だって」

と言ってる傍からウオッカの入った銚子を傾け、その名の通り水の様に進めている。
榎本は二日酔いはしないタチだが、酔ったら何を仕出かすか分からないのだ



外では再び雪が降り出している

こんな寒い夜は出来る事なら早くベットに行きたいが。いつもは素直じゃない榎本が酔いに任せて取り乱す姿も見てみたいのだから晩酌に付き合うのも満更ではない


どうせなら、早く潰しちまうか…

かなり強い酒らしいウオッカなる物があるのだ。
明日は非番。
榎本もノリ気で酒を呑んでいる。
煙草の白濁が吹き出されていく土方の口元は微かに歪んでいた



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