土榎r-novel

□慈愛と嫉妬
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「…―総裁、此方がプルトネル氏からの…」

「後で眼を通す」

今日も今日とて忙しい

面会や会食やら…出掛ける時間も朝から夜まで押し迫り。
廊下を足早に進む道すがら、太郎さんから手渡された書類も馬車の中でと受け取った

両脇に退いては頭を下げる人達も、眼に留める暇もないまま。
大広間の渡り廊下を過ぎた時…

開け放たれた一室の奥から、明るい笑い声が耳に届く

その部屋を誰が使っているとか、その声の主が誰だとか認識する前に、無意識に自分の足が止まっていて
その開いた扉の隙間から、自ずと視界に入り込んできたのは目を細める彼の姿

会話の内容なんて聞こえない距離だけど、多分すごく些細な事。
楽し気で明るい声に包まれている彼は、それをおも包むように微笑んでいる

いま、あの部屋でそれに包まれている者達が言うには“慈母”だとか

見慣れない。と言えば嘘になる。
微笑みかけるあの視線の先にあるモノへ向けられているのは、こうして見掛けるし

ほんの一瞬でも向けてくれる事だってあるのに…

そう考えると、心がギュッと締め付けられた感覚を感じて。

酷く醜くい影が生まれる

醜いのは自分の気持ちそのもの。
自分が醜いと思ってしまう程、彼を想っているから



「……―総裁、如何なさいましたか?」

「何でもない」

顔を不思議そうに覗かれ。一つ微笑んで、その場を後にした





今更、気にする事じゃない。そう隠して、気にしないよう心掛ければ余計に気になって
醜いものに侵食される前に、彼の顔が見たいと思った

だから急いで帰って、一目散に部屋を訪ねると
息を切らした私に目を丸くさせる彼が、筆を止めて歩み寄ってきた

「何かあったか?」

問われた瞬間に、少しだけ気が軽くなったけど。
それだけじゃ、不安までは拭われない

「別に、ただ会いたくなって」

胸板に縋って、回す腕に力を込める。すると、直ぐに抱き返された

「…昼間、俺のこと見てたよな?」

「気付いてたんだ」

あの時、盗み見た笑みを向けられる

だけど、そんな優しさを向けられる資格なんて、今は無いかもしれない。
彼に対して、凄く汚い感情を抱いてるから


彼が誰を好きで、愛しているのか。それを無視して、溢れる感情

好きだから、彼を好きなのも私だけじゃないと嫌だ

なんて、ただの独占欲。
それは本当の“嫉妬”なんかじゃなくて

ただの“慈愛”

「ごめんね」

こうしてるだけで、身勝手に満たされてるから…








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