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うさぎ

【Hizikata×Enomoto】


「あ、うさぎ…?」

一夜に降り仕切っていた雪が止んだ翌朝の快晴の日。
港町の中心部に位置する屋敷に赴いた榎本は、中へ通されて庭先が目に止まった

「あ?」

借り住まいと言え屋敷の主土方も、どれ?と振り返って縁側へ顔を覗かせる。
ほぼ真っ白の庭で、植えられた蝦夷松の緑や南天の赤が雪を頂き映える風景。
その正面の縁側の片隅で、赤い小さな目をした2つの雪うさぎが並んでいた。

「今朝、雪掻きさせたから。鉄と銀だろ」

「やっぱり?」

庭へ出た榎本は雪うさぎの前で屈み微笑む。土方も縁側でしゃがみ眺めた。
榎本は外出用の背広だが、土方の格好は休暇の昼間で着流しにタンゼンを羽織った格好だ。
政府最高官を出迎えるには随分と気の抜けたモノだが、それを今更気にする榎本でも無い。

「その鉄くん達は?居ないの?」

雪うさぎを眺めていた榎本が漸く顔をあげた。喋る度に口から白い息が漂う。

「昼の買い出し行った。暫くすりゃ帰って来ンじゃねぇか?」

タンゼンの袖から煙草を取り出す土方も、煙草を吹かす前から白い息。
榎本は土方の横に来て縁側に足を出したまま腰掛ける

「じゃあ昼からは、病院に遊びに行ったり…」

「アンタに洋語教えてほしいンだとよ。張り切ってやがる」

クツクツと喉を鳴らして笑う土方。
そんな事を言われて榎本はどんな顔をすればいいのか困った。
勿論、英語でも仏語でも何でも子供に教える事は苦では無いし。寧ろ喜ばしくもあり。
況してや、将来を担う者達だからこそ世界に関心を持つべきだと、進言しているのは自分だ。
それでも、こうして稀少な休みを土方と過ごしたいのもやまやま。


「それに、島田も居るぞ」

土方が名を出した側から、閉じられていた襖が開き。
かなり高い場所から顔だけ見せる島田。

「総裁こんにちは。先生も冷えますので早く中へ入られて下さい。お茶の用意が出来ましたんで」

それだけ残して、また顔を引っ込めた。
榎本は半ば呆けてしまい。土方からポンッと頭に掌を乗せられ我に返った

「そう不貞腐れるなって。アイツはもう台場へ戻るらしい。だから、」

夜まで我慢しろ。と土方は煙草をくわえる口端を意地悪く吊り上げ腰を浮かす。

「不貞腐れて無いし!何を我慢しろって!?」

榎本は瞬時に意地を見せつけ。縁側へ上がり、声を出してまで笑い始めた土方の後に続いて中へ飛び込んだ






「よく作ったね。うさぎ」

榎本はコーヒーカップを両手で掴み指先を暖めながら縁側の方を見た。
隣で一緒にソファーに居て座る土方が視線だけ本から上げる。

「蝦夷は気温が低いから、雪の水気も凍ってて固まらないモノなんだよ」

「そー言ァ、そうかもな」

連日連夜、この地には雪が降る。
その量も寒さも痛いくらいの凍て付き方も江戸や京とは桁が違う。
固まらない粉雪が澄みきった空気のなか風で舞い煌めく様や、
刀より遥かに太く長い吊り下がる氷柱や、そのまま辺りを埋め尽くすような勢いで唸る猛吹雪など、
新鮮に思っていたのは確かで、そこで一句などと考えたりもした。
この時勢で、そんな余裕があるのも何だか不思議な事だが、
自分達は今この雪に救われ守られて生きている。
そんな、ゆとりがあった。
ただ、それはほんの最初だけで、今ではすっかり勘弁してくれと苦しんでいるばかり。

「今日の雪は重いらしい。ガキ共が喚いてた」

「朝から陽が出てるからね。少し湿っぽくなってるのかもしれない」

榎本はカップをテーブルへ置き、不意に立ち上がる。
それを土方が目で追うと、榎本は肩越しに少し振り返り。屈託の無い笑みを浮かべた

「作る?」

「は?」

「これから気温が下がって凍った雪は固まってボロボロ崩れるし。作るなら雪が柔い今しかないよ」

ソファーから目を丸くさせ見上げるだけの土方に榎本は痺れを切らし、強引に綿入れを掴んで立たせた。

「本気かよ」

「勿論、本気だよ。」

「何を作るって?」

「うさぎ」

袖を引っ張っり庭へ連れ出そうとするのに土方は引き摺られながらも何とか、防寒に革手袋だけ持つことが出来た。
こう言った何の前触れも無い突発的な思い付きの行動は榎本の特技だ。
本当に無茶苦茶な事を言い出して松平や大鳥を嘆かせている時も多々あるが、
雪遊び程度なら、誰に迷惑を掛けるモノでも無いし。
勿論、金が掛かる訳でも無いのだから、土方は良しとした。


「島田くん戻る前に、かまくら造ってもらえばよかったね。子供が帰って来る前に造っとくの」

喜んだかも。と榎本は気楽に笑ながら雪を弄る。

「それなら台場にあったな。野村が造ったんだとよ」

土方もどてら姿に革手袋で雪をペタペタ叩いて応える。それは掌サイズの小さな雪山。
ある程度固めて土方は側にある南天の実と葉をプチッと摘み取った。
そして自分の作った雪山に添えると、赤い目が白雪に映える小さなウサギが一匹生まれる。

「見たいなら、明日庁舎に戻る前行くか?」

土方は鼻を一つ啜って榎本の方へ向く。
上着を脱いだベスト姿で地面にしゃがみ込み、雪遊びに夢中の様は些か滑稽だ。
そう思う自分も、どてらに着流しとアットホーム過ぎる格好で、
此処では大層な肩書も有る自分たちが、雪遊びと言う構図を客観的に見てしまうと、かなり可笑しい。

それを見ているモノは縁側の脇で並ぶ2つの雪うさぎだけだが

「ついでに病院も見に行きたいし。寄ろうか」

顔を上げた榎本の耳と頬はすっかり赤く。
その手には、いつ拾ったのか細い小枝を持っている。
そして土方が榎本の足元を覗くと同じく雪山があるのだけれど、

「・・・アンタ、それ」

「どう?上手い?」

自慢気に枝を指先でクルッと回転させ笑みを浮かべる榎本。
自信有り気に自慢するほど確かに、ウサギを一匹見事雪で作り上げている。

「上手いっつーか…、まぁウサギだよな」

「うん」

それは上手いと言うより、リアルと言った方が良いだろう。

「ホラ、目つけてやれ」

榎本は土方から差し出された2つの南天を受け取り。
作ったウサギに与えた。
大きさや細部に至るまで再現された真っ白の仔ウサギが身を丸めている雪像は、今にも動き出しそうだ

「そろそろ2人も帰って来るかな」

真剣になって動いていたから体は寒さを忘れていたが、刺すように痛い口と鼻先を両手で庇い息を吐く。
あぁ、と返す土方も綿入れを抱えるようにしている。
そこへ、

「先生ーっ!」

「ただいま戻りましたー」

正しく風の子と寒さを吹き飛ばすような明るい2つの声が屋敷に響く。

「2人共こっちだよー」

榎本が呼び掛けると玄関の方から庭に、荷物を抱えた市村と田村が走って来た。

「総裁こんにちは!待ってましたーっ」

「えっ、先生たち!そこで何してんですか!?」

田村は喜んで直ぐに榎本に飛び付いたが、
流石に物分かりも良くなってきた市村は目を丸くさせ庭を凝視。
外套も上着も着ていないベスト姿の榎本と、
出て行く前に部屋で寛いでいたままの姿で庭に佇んでいる土方だ。
優秀な小姓は軽く衝撃を受ける

「そんな格好で外に出たら風邪ひきますよ!直ぐに温かいもの用意するんで中に入って下さい。副長も早くもっと厚着して」

「分ァたっての」

親子ほど歳は離れているが、悪戯が見付かったように肩をすぼめて苦笑するのは土方で、血相変えて怒鳴るのは市村だ。
背中を押されて土方は縁側に上がり。市村はそのまま小走りで部屋の奥へ入って行く

「庭で何してたんですか?」

「うさぎ作ったんだよ」

榎本が自分たちの作ったウサギを田村に見せてやると、やっぱり榎本が作った方のリアルな雪像へ田村の目が釘付けになり。
称賛された榎本は満足する

「君たちのウサギと一緒に並べようか」

「はーい」

田村が縁側の前に駆けて行く背中を見た頭上から、
白い綿毛のようにフワリと雪が落ちて来た。

空を仰ぐとソコはいつの間にか、大きい粒の雪で埋め尽くされている。
風は無く吹雪そうも無いが、何分その量の多さが蝦夷の雪


「庭だと埋まるぞ。これに乗せて縁に置いとけ」

「わかりました」

着流しの中にシャツを着て来た土方が、縁側から田村に手彫りが施されたお盆を渡し。
それに2つの雪うさぎを乗せた田村が側に戻って来た

「うさぎって仏語で何て言うんですか?」

「Lapinだよ」

「ラパン?」

田村は鸚鵡返しをしながら土方の作ったウサギを慎重にお盆に乗せた。
隣り合わせで見るとお盆に並ぶウサギの大きさは手の大きさと比例しているようで、田村のウサギが一番小さく土方のウサギが一番大きい。
市村のウサギは3つの中で一番ゴツゴツした形をしているのが面白い。
それを小さな背中越しに、榎本は見守る

「じゃあ英語では?」

「Rabbit」

「蘭語で」

「Konijn」

「コネイン…?」

「うん」

榎本が作ったウサギを乗せるとお盆は一杯になった。
それを両手でそっと持って田村は教えられたばかりの言葉を何度も繰返し呟く

「総裁も早く来てくださーい!」

縁側から市村に手招かれ、2人で行くと田村は言われた通りお盆を縁に置いて直ぐに中へ駆け上がり。市村へ得意気に講義を始める

「ウサギは仏語でラパンって言うんだって」

「ふーん」

「鉄くん、お昼はポトフが食べたい。暖まるよ」

「無理ですよ。総裁の好きな料理が作れる材料がココに有ると思えませんから。餅で我慢して下さい」

「えー、また餅かよ。朝も餅だったよな?」

「正月にもたらふく食べたし」

「我が儘言うなら食べなくて結構。」

喚く2人にきっぱり言い切る様は母親さながら。
部屋の奥では土方が真剣な面持ちで火鉢の上で餅を焼いている。その目は職人のようだ

「好きなように食べていいですよ。何がいい?」

「砂糖醤油!」

「デミグラスソース!」

「総裁」

「冗談だよ。磯部焼き」

はいはい。と市村は準備に厨へ向かい、2人は揃って次に火鉢の前に居る土方を見に行く。と言うか、まとわり付き始め。
途端に賑やかになる居間の縁側から、四匹のウサギがそれをいつまでも見ていた






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