Serial-novel

□総裁がイク!A
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「やぁ、沢さん久し振り。元気そうだなぁ〜」

「大鳥さんも」

五稜郭の広間にて演習をしていた大鳥は門に立つ沢へ大手を振って駆け寄った。
その後ろには荒井も一緒だ

沢は現在、茂呂蘭へ出張中の身。近状を伺いに回天で荒井が遣わされたのだが、
どうせなら沢自ら話したいと言って、荒井に乗せてもらい本営へ一時帰還となった。
赴きは航海の途中で整えたのか、大鳥が見る限り出ていく前と何も変わらず。
荒井と2人して両手一杯に紙の束を抱えているから用意周到だ。

大鳥は列を指揮る本多を呼び寄せその場を任せると、2人を連れ立って庁舎へ向かう。
中へ入った途端に沢と荒井は少し辺りを見回し、首を傾げた

「釜さんは?出掛けてるんですか?」

「庁舎内も随分と今日は人が少ないようだが」

「あぁ、タロさんと土方くんを引き連れて会見に行ってるんだよ。今日は新選組も会津も全部そっち」

伝習隊からも半数を出し。だから静かなんだよなー。などと廊下を進みながら暢気に言う大鳥。
今日は大鳥を疎む五月蝿いのが留守なため平和を噛み締めてるようだ。
2人は顔を見合わせる

「会見ってドコと?」

「露西亜だよ」

「あぁ、それで厳重に」

荒井は直ぐに頷き。大鳥は苦笑した。

ロシアと言えば、この蝦夷と隣接する大国だ。
他の欧米諸国は蝦夷箱館政権に対し友好的な所もあるが、このロシアとは少々揉めている。
主に土地の売買について、ロシアは強圧的に迫ってきたのだ。
元より、榎本ら旧幕臣達が蝦夷に来る遥か以前から、ロシアは蝦夷の土地を執拗に欲しがり。
蝦夷警備に当たっていた日本人の拉致や、陣屋の焼き払いなど問題を幾度か起こしている。
勿論、榎本もそれを承知でロシアとの外交に挑み。
会見には慎重になっているからこそ精鋭の大勢を引き連れて向かったらしいが

「でも、なんで大鳥さんが置いてかれてるの?奉行なのに」

「置いてかれて無いぞっ!残ってるんだ!庁舎を空けられるわけないだろ」

大鳥は自棄に大声を出して沢に訴えた。
榎本がロシアとの会見を長期戦と判断し。取り敢えず今日は様子見、と言って松平やブリュネを筆頭に土方を連れて行った。
本題が難航するようなら、もちろん自分も出席するよう大鳥は榎本から聞いている。

「でもさ、なにも土方くんを連れて行かなくても良いのになぁ、釜さんも」

愚痴っぽく漏らす大鳥。

「それは、やっぱり見栄えするからでしょう」

沢は笑顔で言い切った。
大鳥はムッとなっても否定はせず、沢を見上げつつ廊下の角を曲がる。

「そりゃ、仙台で奥羽の交渉に行った時も彼は活躍したみたいだからな」

「あの青葉城で保守派と揉めたって言うやつ?確か、土方さんがブチ切れたんだよね。流石に大変だったって釜さんに聞いたけど」

「僕も後から知ったが…、『己が全て担うのなら、背いた際には大藩の御家老であろうと生殺与奪の権利は頂く』なんて言ったらしいぞ。彼になら斬られていいかもって意見が出たとか何とか…。まぁ釜さんの事だから上手く丸め込んで来たんだろう」

「そんな会議だったんですか?挙げ句に決裂しておいて…」

荒井は渡り廊下の格子から白雪が積もる庭を少し遠い目で眺めた。

「僕だって彼と近しいから、署名をもらって欲しいとか、食事の席を設けてくれとか何度か頼まれた事あるぞ。此所に来てからもよく言われるし。貿易商には人気らしい」

「流石は有名人だなー、釜さんが連れ回すわけだ」

「いや、あの人も凄いが。それで一緒に並んで引けを取らない閣下と太郎さんも凄いだろう…」

どちらかと言えば“三枚目”な沢と大鳥は、コクコクと息を合わせたように揃って頷いた。
いつの間にか話題が外交問題から逸れている。
しかし、外交で手間取っているなどの内情を、人が少ないとは言え廊下で立ち話する事でも無く。
それよかマシだろ。と3奉行は特に気にせず。
そして宛も無く庁舎の中間まで来て。大鳥が自分の部屋に2人を誘ったが、
沢が長官室に腕一杯の書類を置いてからにしようと言ったため、3人はそのまま奥へ進む事にした。

途中で運良く出会した秘書の大塚から鍵を借りる事も出来た。
大塚は自分が預かる事も提案したが、大鳥がついでに榎本の本を借りたいと思い付いたのだ。
上官と言うか、この一国の最高責任者の部屋へ留守の間に上がり込もうなどと問題はあるだろうが、
この御奉行トリオにとって、総裁榎本武揚はいつまでも『釜さん』なのだ。

「彼もさ、嫌がって文句言う割には結局こーして従うだろ?釜さん領事や外国居住者にウケが良いし、漬け込まれでもしたら…とかで、目が離せないだってさ」

「閣下の才能だから仕方無い。気にしていたら切りがないな」

「まぁ、危なっかしい事も確かだよ。釜さん鈍いし」

苦笑する沢に、此れだから過保護は…。と大鳥は吐き捨てながら扉の鍵を開ける。
榎本に置いて行かれた事を根に持っているのか。余程、此処に居るのが寂しかったのか。
はたまた、3人の篦棒な容姿に対しての嫉妬か。明らかに拗ねているようだ

「スキンシップとか本人は無意識でやってんだから、土方さんも早く慣れちゃえばいいのに」

「まさか、彼が納得するわけ無いだろ」

扉を開いた大鳥は後ろで待つ2人を肩越しに見上げ、自信たっぷりに答えた

「自覚してんのかは分からないが、嫉妬深いうえに神経質なんだよ。アレは体質だな」


先に中へ入った大鳥は両手が塞がっている沢と荒井のために扉を押さえてやる。
2人は部屋の一番奥に構える重厚な執務机の上の隅に、倒れないよう二つの山に書類を積み上げた

「そう言えば…、」

積む作業を沢に任せた荒井は言いながら漸く腕を動かせるようになり楽になった肩を回してほぐす。
振り返った部屋の片隅では大鳥が本棚の前で探し物をしているところだ

「大鳥さん、何の本を借りるんだ?」

「この前仕入れたって聞いた物質の洋書。読んだら貸す約束だったのに、すっかり忘れてんだよ釜さん。あ、棚の上にあるやつか?荒井さん来てくれ」

本棚に入り切れていない本が棚の上にも積まれていて、当然ながら大鳥は届かない。
荒井は大鳥の「右から二冊目」と実況を聞き手を伸ばし。
取って渡すと大鳥は中を開き確認し始めた。

「有り難うコレだよ」

「で、何がそう言えばなの?」

直ぐに見易いよう整え積み終わった沢も本棚の側に来た

「あぁ、先日に港で武器の買付があったじゃないか。閣下と土方さんも立ち会って」

「それって、会食接待で上手く値切ったって釜さんは嬉しそうだったが…。土方くんが荒れてたとき…?」

その時は土方が進んで行きたいと言ったから、大鳥は留守を預り。
帰って来た時に出迎えた瞬間、一目瞭然な2人の全く正反対な顔色に大鳥は焦った。
いや、土方が尋常じゃなく不機嫌極まりない時は決まって何かと目の敵にされるのが大鳥だから、焦らない筈も無く。
巻き込まれるのは御免だと気付かないフリを徹底し。極力、土方を避けたのだ。
だから経緯も理由も聞かず。榎本から、交渉が成功した。と結果を知らされただけだ。

「荒れてたのか。」

「やっぱ、何かあったのかい…?」

大鳥は恐る恐る聞いた。
荒井は土方を見てないが、
通訳に同行した田島金太郎の顔色が真っ青で、どうしたのか聞くと教えてくれたらしい

「どうやら、そのバイヤーが以前から閣下のファンだったらしくて。銃の扱いを親切に親身に手取り足取り説明したそうだ」

いや、釜さんなら知らない筈ないだろ。知らない物を注文する訳も無いし。と、大鳥は思ううえに、
ワザとらしい。と相槌を打った

「それで一度は、随分と穏やかに上手く事が進んだらしいが…」

「一度は、って……?」

大鳥は嫌な予感をしながら急かす。

「交渉が済んだ後、閣下と2人きりで話がしたいと、向こうが申し出て来たようで。田島くんが土方さんに伝えたら、抜いてしまったとか」

「刀を…?」

「刀を。」

「一応ソレは護衛として出過ぎた行いでも無くない?当然、御持ち帰りは断固阻止でしょ」

沢はしれっと言うが大鳥は青ざめる

「下手すりゃ国際問題だぞ!?」

「だから相手もさぞや驚いただろうな。話しが水の泡になり掛けたみたいだが、閣下が何とか場を取り繕い。最終的には更に三割引きに持ち込んだ訳だ」

「取り繕ったと言うより、庇ったんだろ。また釜さんの株が上がったな…」

大鳥もよく身に覚えのあるあの土方の気迫から榎本に救われたと、先方はどれほど命拾いしたと思ったことか。
土方は値切るのに抜刀した訳でも無いだろうから、その三割引は榎本に対する感謝に違いない。
その場に不運にも居合わせてしまった田島も、どんなに寿命を縮めたか。何故か、大鳥には気持ちがよく分かってしまえる気がした。

そして、この一部始終を聞いただろう副総裁が今後、この新手の作戦をどう使っていくのか。
大鳥はとても不安だ。
それを余所に、やっぱり沢は榎本を流石だと賞賛している

「結果オーライじゃん」

「いいや、たまたま上手くいっただけだろ。国際問題になったら苦労するのは釜さんだぞ?それを彼も釜さんも分かってんだか…」

「今日の会見も今頃どうなっているのか。気になりますね」

「揉めてるな。そもそも、土方くんは土地の租借には大反対してるんだ。僕が説得しても聞きやしないし」

「じゃあ、わざわざ反対派の土方さんを連れて行ったわけ?」

「会議であれほどの光景を見ておいて閣下も─…」

書類を置いて本も発見し。目的を達成して部屋を出ようとした所で、荒井が外の喧騒に気付き口をつぐむ。

どうやら会見に行っていた者達が戻って来たらしい








「土方くんっ、待って土方くん!」

榎本の焦った声。
部屋へ徐々に迫るダンダンダンと廊下の床板を激しく駆ける音。


バンッ!と、随分と乱暴に扉が開かれた。
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