Serial-novel
□秘書は聞いた!
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「そ、総裁…本当にいいんですか?僕までご一緒しても…」
「いいからいいから、遠慮しないで何でも頼みな」
「そうだ遠慮すんなって。兄弟水入らずのところ、割って入ったのは俺らだろ」
「いいえとんでもありません。ほら、波次郎。お二人がそう仰っているんだから、ここはお言葉に甘えてな?注文決まったか?」
「すみません…じゃあ遠慮無く…本日のお薦め焼き魚定食お願いします。兄さんは決まりました?」
「んーと…じゃあ俺はぶっかけうどん定食……いや、やっぱりサバ煮定食で!お二人は?」
「俺は刺身で。いいよな」
「うん」
総裁は片手を挙げて店員を呼び。ご自分は、先に土方奉行並の物と「いつものと、二本つけて」と声を掛け。後は俺が我が弟と自分の定食を頼んだ。
ここの看板娘かな?若い店員のお姉さんは終始、俺の目の前に並ぶお二人が気になるようで、チラチラ横目で見ていた。
片方だけでも目立つ美男が二人も揃ってますからね。そりゃ女の子なら気になっちゃうよね。
本人達はまったく気にもしていない様子だが。
「ほんとなんかすいません、せっかくのお昼に僕なんかがお邪魔しちゃって」
「いやいや、だからそんな遠慮しないでよ。声を掛けたのはこっちだし」
今日は総裁のお供で街へ来たわけだが、そこから俺は
現在甲賀艦将の回天丸勤務の弟波次郎と久々に昼でも一緒にと思って。
その許可を榎本総裁に伺うと、なんと総裁がご馳走して下さると言ってくれた。
更に、本日は土方奉行並が弁天台場に詰めていたそうで、総裁が奉行並にも声をかけて、四人で街の小料理屋の座敷席でテーブルを囲んでいる次第です。
土方奉行並と御一緒とは、新選組に逆恨みされなきゃいいけど…。
それより俺は、サバ煮定食…。ああ、俺も奉行並と同じもの頼んどけばよかったかな?
自分の地味さ、遠慮深さに嫌気がさす。
別に自分がケチだとかそんなんじゃないけど、総裁に奢って貰えるなんて次あるかどうかわからないのに…。
まあ高いものを注文出来るはずもないですけどね。
そうこうしてる間に真っ先に女の子が運んで来たのは徳利二本と人数分の銚子。
そして総裁の前には、既に少し中身が減っている一升瓶が置かれ。奉行並の前にはお茶が出てくる。
なんと、ボトルキープですか。酒を呑まれないらしい奉行並の事までわかっているとは。
さすが、幹部の方は待遇が違います。御常連なのか、美形モテ男の特権か、はたまた職権乱用か…。
そして女の子は去って行った後、俺の斜め背後の店の隅で同じ従業員の女の子達と何やらひそひそ話し。
ああ、彼女たちの明るい弾みまくりな声がこっちまで届いちゃってますよ。
確か三人とも、それなりにいい感じの子だったんだよなあ。どうも気になる。
普段が男ばかりな環境だから、こんな時は変に意識しちゃうんです。
結構かわいい顔してたのにどの子もやっぱり例に漏れず美形目当てだろうけど。
「大塚くん、この後なにも無かったよね」
「あ、はい。じゃあお言葉に甘えて少しだけ…。では奉行並、失礼します」
「おぅ、気にするな」
徳利を傾けてくる総裁に、俺は軽く頭を下げて銚子を出した。
「君も大丈夫?」
波次郎は一度こっちを見て俺が程々になと頷けば、嬉しそうに総裁へ御辞儀をして銚子を持ち上げる。
俺も波次郎も強くも無いが弱くもないまあまあイケる口だ。いや総裁や大鳥奉行級の酒豪が世の中珍しいんだけど。
総裁は次にご自分で一升瓶を傾けた。もう鼻唄でも歌いそうなほど楽しそうだ。
いつものってソレの事だったのか。この人、箱館の飲食店中にボトル置いてるのかな。ってか飯屋に来て飯を頼まないんですか。
隣で奉行並は流暢に煙草を吸い始めて、コレについては何も言わないらしい。
そりゃ総裁の飲酒に関しては突っ込むのも今更ですよね。
俺はもう一度、頂きます。と言ってから杯に口を付けた。
んー旨い!一仕事終えた後の酒は格別に旨い。なんかこの瞬間だけは、何物にも換え難い至福を感じる。
「うっそ、マジで?君、自分から声もかけたこと無いの?そりゃ好い人の一人も出来ないよ」
「どーせフラれるからって…臆病になっちゃってて…。なかなか一歩が踏み出せないんです…」
「そんなの怖がってどーすんの、それじゃあ斬られるのが怖くて刀を抜けない侍と同じだよ?」
「…そ、そうですよね…」
「君も侍なら、一歩や二歩前に出ないと。それが士道だよ」
俺が酒に気を取られ感動に浸っている間に、波次郎と総裁の二人は女うんぬんの話で盛り上がっていた。
やっぱり男が集まればこういう話題が一度は出る。
軽く酒の席になっているとは言え、物怖じせずに総裁と語り合っている一兵卒の波次郎は、我が弟ながら、なかなか度胸の据わった男だ。
でも、どうも女の子に対しては昔から弱腰で。
女の子の話が出るだけで肩を丸めて正座をしている姿からしてダメだろう。と、ちょっと兄さんは心配です
「いいかい?今をトキメく花魁だろうが看板娘だろうが所詮は同じ人間。いつかどっかの人間と結ばれるんだよ。君だってその候補(人間)に入ってんだから」
いやいや、物凄く良いこと言ってるみたいに言うけど
『人間』の括りでキタよこの人。えらくデカイ括りだなソレ。
そんな、ただの酒の肴?の総裁の話を一生懸命に聞く波次郎はまるで恋愛講座に熱心に耳を傾けるドーテー君だ。
総裁はというと、俺が地味に酒を注ぎ足したコップを両手で握りながら楽し気に説教じみた告白指南を続けている。
「まず女ってのは十中八九押しに弱いんだよ。嫌な振りしても内心はきっと満更じゃないわけ。ああでも、押しすぎも良くない。紳士じゃなきゃ、ね、大塚くん」
「えっ!あ、ハイ!まったく同じくそう思います!」
…と、突然こっちにフラないで下さいよぉ。蚤の心臓なんだから。
つーか、さっきは侍とか、士道とか言ったのに今度は紳士ってなんなんですか。
「ちなみに総裁は、その、今まで何回くらい女性の方に告白したことあるんですか?」
「んー…、無いなぁ…」
「え?…、」
総裁にこの手の質問を投げ掛けるとは、さすが素人だ
「な、無いってどういうことですか?」
「どうって言われても…無いもんは、無いんだもん」
「あっ、そっか!総裁ほどの方ならこっちから告白なんかしなくても向こうから来ますよね!そっかそっかぁ、ハハハ、すいませ〜ん無粋でしたね」
「まぁね」
案の定、微塵も否定しない総裁に頬を引き攣らせながらも波次郎は、その答えに納得したのかしてないのか微妙な様子で、ただ乾いた笑い声を出していて。
ここで注文した品が運ばれてきたので、話は一旦中断した。
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