長篇:箱館 novel

□いざ、蝦夷へ!-第1幕-B
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どっちもどっち


落城目前の会津や秋田から撤退してきた者達が榎本の元へ続々と到着し。
すっかり仙台藩に邪魔者扱いされ。早く行けとばかりに燃料や食糧や武類を提供された。
しかし、この脹れ上がった三千余りの軍隊全員を艦隊へ乗船させるのは輸送不足だった。

そこで榎本は蝦夷への渡船者を選抜し。
本当に不屈の意思を持つ者だけを連れて行く事に。


集まった者の中には、
いま目前に居て何故か土方にくっ付いている大名までが含まれている。
その、お殿様だの大名だのに付き添う随行者など、
ぶっちゃけ戦力外だ

そこで榎本は大名付の共を三名までと限定した。
榎本の蝦夷へ行く目的は、けして土方と愛の巣を造りに行く訳でも無く。
今更ながら言うまでも無く、戦をしに行くのだ

だが、そこで行き場を失い涙を飲む主戦派の藩士たちへ合いの手を差し伸べたのは他でも無い土方だった。
二十五人まで減り部隊とは言い難い新選組へ入隊すれば乗船権を与える。などと言ってしまったのだ。
そのお陰で、新選組は百人を超える戦力を得た

だが、榎本は気が気じゃない。

こうして、土方との時間を邪魔されては堪らないのである!

「土方さんは、いま私と軍儀の最中です。御用件は後にして頂きたいですね」

軍儀とは大袈裟だが、榎本は大きく胸を張って言い切る

榎本は一階の旗本に過ぎない。それでも、この開陽にいる限り船長だ。
相手が大名だろうが何だろうが怯みはしない。
寧ろ、土方と時間を共有する為なら職権行使も構う事じゃない

しかし、定敬は手強かった

「手短な用件だ。許せ」

敢えなく榎本は一言で片付けられた

「何があったんですか」

「常吉が見当たら無いんだ。新選組は何処に行った?」

「まだ乗船してませんよ」

「そうか。連れてけ」

「二人とも話し聞いてる?私が船長なんだけど。無視しないでよ」

定敬に腕を引かれて下船しようとする土方のその反対側の腕へ榎本は縋り付く。
そして眉を寄せて定敬を見やった

「いま取り込み中ですから。放して下さい」

「離すのはどっちだ。土方に用がある。控えろ」

思わず両サイドを挟まれた土方は睨み合う二人に似た人種の空気を悟った。
この二人に意思の疎通を求める事は困難らしい

「海の上で、艦長命令に背くおつもりですか?」

「文句なら迷子になった奴等に言ってくれ。こうして与が探す羽目になったのだ」

「一人で探せばいいじゃねぇか!!迷子はアンタのほうンン―……」

「黙ってろ」

流石に限界を超えたのか。
口調が江戸弁に戻り始めた榎本の口を咄嗟に土方が掌で鬱いだ。
その所為で決定的な突っ込みは不発に終わる

「今後、この様な事に成らないよう、よく言っておきます」

「頼むぞ」

うむ。と頷く定敬は純粋に満面の笑みを浮かべている。
土方に対しては物分かりが良い理不尽な若君だ

それも仕方無い。
隊士不足な新選組と、人数制限されてしまった藩士。
新選組に属すると言うこの渡りに船な話しに定敬も土方も、どんなに救われた事か。
そして見知らぬ者ばかりに囲まれる定敬にとって土方は、唯一よく勝手知ったる幹部であり。
敬愛する兄容保から受け継いだ大切な忘れ形見だ←兄上は息災です。

それを知りながらも榎本は打ち菱がれそうだ

「私より優先するつもり?」

「無茶言うな。さっき謝ったじゃねぇか」

瞳をこれでもかと潤ませるお願いも聞いてくれない

定敬はここにきて土方を兄代わりとして慕っているくらいだ。
容保と同年でいて頼りになる者は他にいない。
そう見てしまう事も仕方無いかもしれない

しかし、榎本が易々とそれを認める事が出来ようか

「片付いたら来っから、それまで待ってろよ」

「そう言う事だ。暫しの間だけ借りる」

悪気は無いのだろう。
純粋に鼻歌まで奏でる勢いな上機嫌で定敬は土方に纏わる。
その定敬の無邪気さと律儀な土方に榎本は、
ただ唇を強く噛み締める程度に留めた



「釜さん…?;」

二人が無事に陸地へ降り立った頃、
ずっと頬を膨らませ拗ねっぱなしの榎本の機嫌を恐る恐る沢は伺う

「これだから、我が儘に育った殿様のボンボンは手に追えない」

アンタがそれを言うか。

とは沢も言わない。
学者の親を持ち、大好きな勉学ばかり打ち込める環境を与えられ。
なに不自由無く育ち、留学まで強い得た榎本だ

土方から思えば大名も旗本もどっちもどっちだろう

「郷に入っては郷に従うって、知らねぇのかな」

「まぁまぁ、落ち着いて」

ぞんざいな言葉とは裏腹に、プンプンと効果音を鳴らし腕をくみながら愚痴を溢している

「死ぬほど忙しいところ、釜さんの為にって土方さんも来てくれてるからね。あまり贅沢言わないでさ…」

「…そう?」

苦笑いを盛大に浮かべる沢の「釜さんの為に」と言う言葉が効果的面だった。
流石は榎本の扱い慣れている沢だ。
榎本はコロッと表情を変えて沢の手を取り、
ギュッと両手で握り締める

一瞬でコロコロと表情や態度を変える様は調子が良いとしか言えない

「一会桑だか守護職だか知らないけど。これからは、私が新選組のオーナーだもんね!あの殿様の好きにはさせない!!」

「うん。居るのは新選組だけじゃ無いんだけどね。そんな気にする事じゃないと思うよ、ここでは釜さんが頼りなんだから」

「今後も煩かったら、一隻に纏めて流しちゃえば良いか」

「それは流石にヤバイって…」

今のところは定敬も救われ。沢のお陰で無事に立ち直った榎本だ

蝦夷出港の準備は着々と進められている


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