xxxHOLIC
□事故
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「おい、待て」
俺はおい、なんて名前じゃねぇ、と突っ込みたかったがこのまま百目鬼に今返事を返してしまったら、と四月一日は頭を振る。
「おい、四月一日」
四月一日。
呼ばれて四月一日はピタリと足を止めた。
「あんまり重箱揺らすな、中身が混ざる」
そして百目鬼の言葉に呆れつつも、安堵した。自分が想像していたのとは違う様子に警戒を解く。
「何でお前、こんな時間に家出るんだよ。早すぎだろ」
二人の間にはおはよう、という挨拶がない。そして今日も例外はない。振り返って問えば、
「朝練だ。大会が近いからな」
百目鬼らしいいつも通りの簡潔な応えが返ってきた。
「…そうか」
朝練。
そうだった、その可能性をすっかり忘れていた。
百目鬼が所属する弓道部は、そういえばもうすぐ大会があるとどこかで聞いたような気がする。
四月一日は百目鬼と会わないよう気を付けていたつもりで、実は間逆の事をしていたらしい自分に盛大にため息を吐いた。
「お前こそ帰宅部のくせに何でこんなに早いんだ。侑子さんとこから出てきたにしても早すぎだろ」
あまり突っつかれたくない、けれどももっともなその疑問に、プイと顔を逸らす。
「き、気分だよっ、気分っ!悪いのかよ!!」
そして追い付いて来た百目鬼に右手の重箱を、当たり前のように押し付けた。
***
この世に偶然はない、あるのは必然だけ。
何でも願いを叶える店の店主であり、自分の雇い主である侑子の言葉を思い出さずにはいられなかった。
かなり早めに学校に着いた四月一日は、教室に入り、黒板を見てあ、と声をあげた。
隅の方に『日直』の白い文字、その下に自分の名前が書いてあったからだ。何をぼけっとしていたのか、今日自分が日直である事をたった今知った。
といっても、やる事と言ったらそんなに大した事でもない。朝のホームルーム前に日誌を取りに行くだとか、花瓶の水を換えたり、授業の後に黒板を消したり、日誌を記入して放課後にまた職員室へ返しに行くくらいだ。
けれども時間に余裕を持って行動する事に越した事はない。何も知らずにいつも通りの時間に登校していたなら少し焦らなければならなかったところだ。それを思うと我ながらツイている、と思ってしまった。………いきさつはどうあれ。
四月一日は鞄を机の横にかけると、早速職員室に向けて歩き出した。
朝練をこなす生徒くらいしかまだいない校舎内は人とすれ違う事はなく、妙に清々しい気分で廊下を歩いた。
フワリと爽やかな風が頬を撫で、ふと、誰かが開け放したままの窓に視線をやる。
「…ん?」
するとたまたま視線の先にあったのは体育館に繋がる通路で、そこに見知った胴衣姿の背中が見える。後ろ姿だけで誰だかわかってしまう自分が何だか嫌になった。…そして、その、見知った百目鬼に一生懸命頭を下げる女子生徒。手に持った何かを差し出している。
ああ、と苦笑いして四月一日はすぐに視線を前へと戻した。
よくある事だ、百目鬼を好きな女子がプレゼントだか告白だかでもしているんだろう、全くあんな鉄面皮が何でモテるんだか。
それは四月一日にとってもはや珍しい光景とは言えず、最初こそその、人様の告白シーンなどにドキドキしてしまったり気まずい気分になったりしていたものの、今ではうっかり見かけてしまっても特に何を感じるという事もなくなっていた。それ程に何故か、自分の見ている所、見かけてしまう所で百目鬼への告白シーンが繰り広げられているのだ。全く、と四月一日はつくづく思う。あんな鉄面皮が何でモテるんだか。
しかし百目鬼はどういうわけか告白やらラブレターやらをしょっちゅう貰う割には片っ端から振りまくっている。告白している女の子もなかなかに可愛かったし、それでいくと問題は本人にあるのか。まだ恋愛というものに興味がないのかもしれない。四月一日からしてみると百目鬼の興味ある事といえば食べる事とか、食べる事とか、食べる事くらいしか思いつかない。
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