鋼
□クリスマスの狂気
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さかのぼる事、24時間と数時間前。クリスマス当日の朝。
アルは朝から上機嫌で、今日の夕飯はご馳走を作ると張り切っていた。
寒いのに窓を全開にして部屋の空気を入れ換えながら鼻歌なんか歌ってたりして。
俺はそれでもしぶとくベッドの中で布団のぬくもりにしがみついていた。今日という日がどんなに大切だろうがねむいモンはねむいっつうの。寒いし。
それに今夜はクリスマス。
毎年アルが発狂する日だ。
夜中から朝にかけてアルから徹夜で逃げ出す為に今の内に寝とかないとな。
今年こそうまく逃げてやる。
俺は頭まで布団を被ってゴロンと寝返りをうった。
「………………」
アルが台所で朝食を作るニオイが漂ってきて腹が鳴った。
ま、まずは腹ごしらえだ…
俺は布団から出た。
「さっみぃ〜〜〜…!!」
台所に行くと、アルが鼻歌を歌いながら朝食作りに励んでいた。
「あ、おはよう兄さん。今日は早いね」
「腹減った」
「今できるから座ってて」
アルはニッコォ、とこれ以上ないくらい幸せそうに笑った。…コイツ…やっぱり今夜やる気だ。アレを。
俺はぎこちなくも笑い返してダイニングテーブルに座った。
いいか、いくらアルが楽しみにしてるからって、俺は嫌だからな。絶対に、嫌だ。…絶対絶対絶対だっ!!
テーブルに肘をついてキッチンのアルの背中を見つめながら、俺は今夜どうやって逃げ出そうか考えた。
ある年はアレが始まる前に無理矢理逃げ出そうとして途中で捕まり、引き摺られるようにして連れ戻されてベッドに縛り付けられた。
ある年はやっぱり無理矢理逃げ出そうとして驚愕する事になる。
部屋中にあらゆるトラップが仕掛けてあって逃げ出せなかったんだ。…あの時のアルの勝ち誇ったような顔は今でも忘れられねぇ…
んで、またある年はアルが寝てる間に朝から行方を眩まして、隠れる為に一日借りた宿から今夜は帰らないって電話をかけたら…。どうやってたどり着いたんだか昼には見つかって、宿のベッドに縛り付けられた…。
怖かったぜ…『見ぃつけた…』ってドア越しに言われた時は…。時々怖い夢見る時出てくるもん、あの時のアル。
以上の事からつまり毎年、アルから逃げようとして俺はずっと失敗続きだ。
どんなに逃げても必ずアルは俺を見つけ出しちまう。エルリックテレパシーのせいか?…こっちのアンテナはオフにしてるつもりなんだがなぁ…
…恐るべきはアルの執念、だ。
アルはどうしてもクリスマスはアレをしたがる。恋人同士のクリスマスはこうあるべきだと、何年か前にお気に入りの本から影響を受けたのは確かだ。間違ってる。
…さぁどうする。どうするんだ、俺。今年はどうやって逃げる。
「お待たせ」
一見無言でテーブルを見つめているだけの俺の目の前に、まだ眠いの?などと笑いながらアルが朝食の乗った皿を置いた。
アルだって、わかってるはずだ。俺が毎年この日は必ずアルから逃げ出すって事を。
それなのにこのいつもと何一つ変わらぬ自然さ。
何だ?それは逃げられてもとっ捕まえる自信があるからなのか?
「兄さん、今夜…」
ギクッ!!
向かいの席に着きながらアルがいきなり怖い事を話しかけて来た。
「何食べたい?僕何でも作っちゃうよ♪」
…と思ったらフェイントだった…。夕食の献立の話題かよ…
「チキンは絶対食いたい」
「ん、オッケー。他は?」
「アルに任せる」
「りょーかい♪…じゃあこの後買い出しに行こうか」
「ああ」
腹の中では何考えてやがる。アル。
俺は内心ビビっている自分を抑えて何とか笑って見せた。
*