鋼
□桃源郷
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※死ネタ
「兄さん、もうおしまい?」
フォークを置いた兄さんはすまなそうにコク、と頷く。…だいぶ少なく取り分けたつもりだったのだけれど、今日も残されてしまった。
「あ、別に責めてるわけじゃないんだよ?ただ、もう少し食べないと体壊しちゃうと思って」
僕と兄さんが囲むテーブルの上には、夕食の乗った皿が二人分。メニューは、サラダとシチュー、それから今日焼いたばかりのパン。
兄さんの前に置かれた皿の上には盛られた時のままほぼ変わらない量の料理。いただきますをして間もなく兄さんはご馳走様をした。…もしかして、口に合わないのかな。
そんなことを心配していると、兄さんは本当にすまなそうな顔で、『ごめんな。おいしかった』と、口パクで伝えてきた。僕は兄さんが声を出さずとも不思議と、普通に喋っているのと変わりないくらい意思の疎通が取れる。
「…いいんだ。ご飯を残すのはどうでも。…ただ、あんまり食べないでいると…兄さん、その内冗談抜きで倒れちゃうよ。」
『わかってる…ごめん』と、もう一度謝る兄さん。…本当にわかってるのかな…僕、兄さんに何かあったら…
「…。」
…背筋がゾッとする。兄さんがいなくなったらと、考えただけで僕は………
「急がなくていいから、少しづつ、食べられるようになろうね。」
兄さんはこっくり頷いて、やさしく笑った。
***
一年とちょっと前、僕と兄さんは元の体を取り戻すことに成功した。
兄さんは右腕と左足を。僕は体の全てを。
ある日目が覚めると、まず知らない天井が見えた。どこか個人の家の客間…といった感じだ。ここはどこなんだろう。思い出せる最後の記憶は、兄さんと一緒に、錬成陣に手を置いた時の事。そこではぁ、とため息を吐いて次に、僕は息をしている自分に気が付いた。起き上がってみたら、生身の体の…白いワイシャツを着ている自分の胴体、両腕が見えたので驚いた。顔を触った。…やわらかい、肌の感触。…これは、生身の頬?
そうか、僕はついに戻れたんだ!!
夢なんじゃないかと思わず頬を抓った。…痛かった。夢なんかじゃない!
僕は次に、部屋の中を見回して鏡を探した。でも、残念ながらこの部屋には鏡は無かった。…その代わりベッドの傍らに新聞があったので、とりあえずそっちを先に手にしてみた。その日の付けからちょうど一週間前の夕方が僕の最後の記憶だった。
*