xxxHOLIC

□恋歌
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※さりげなく頑張るけどスルーされる百目鬼君




「明日、休みで良いわよ」

空いた皿を片付ける四月一日に言いながら、侑子はグラスを傾ける。

「へ?どうしたんすか急に。出かける用事でも―…?」

バイト先にていつものように重ねた皿を盆に乗せていた四月一日は、突然言い渡された休暇に一旦手を止めて首を傾げる。侑子はニヤ、と意味深に笑った。

「明日、四月一日が素敵なものを見つけられるかもしれないから」
「素敵なもの?…それって何すか?」

素敵なものは素敵なものよねーっ、と、侑子が、傍らで同じようにグラスを傾けるモコナに、今度は少女のような笑顔を向けると、モコナも、ねーっ、と笑顔で返す。

「素敵なものを見つけられたら、感想を聞かせてね」

頭にクエスチョンマークを浮かべる四月一日はとりあえず頷いた。

あの店主がそう言うのだから明日はきっと素敵なものを見つけられるのだろう。意味はわからないが。

納得して、その日バイトを終えた四月一日は明日を楽しみにしつつ床に就いた。

明日は学校もバイトも休み。つまりは明日1日を自分の思うようにできる。こんな時くらいは夜更かしでもしないと勿体ないかもしれない…。などと思った。




「…で、何で俺はこんなとこにいるんだろうなぁあああ…」

次の日の昼。

四月一日は百目鬼の隣でそんな事を呟いていた。仏頂面で。




朝は良かった。

いつもの習慣で一般的な学生よりもかなり早くに目が覚めた四月一日は、いつもは弁当を作り始めるところを今日はさして溜まっていない洗濯をし、布団と一緒に干して部屋の掃除を始めた。

もともと綺麗好きな性質の四月一日の部屋は常に一定の清潔さを保っていたが、毎日細かいところまでピカピカに磨くのはこの年にしておさんどん三昧の身には大変である。こんな日くらいは綺麗にしてやらないと、と妙な使命感に燃える。

早朝の空気は清々しく、おかげで掃除もはかどり、朝食の時間程になるといつ意地悪なお姑さんが人差し指を使っていびりにきても大丈夫な程に部屋中が輝いていた。

さて次は何をしようか。

朝食を食べながらウキウキと今日の予定を立てる。

何せ完全に自由である。1日使ってダラダラ寝転がって怠惰に過ごすのもいいが、それは今干している布団が太陽の香りを吸い込んだ昼頃あたりに取り込んで、フカフカになったそこへ、というのが良いかもしれない。

ならばその至福の時を待つ間何かすべき事はないか。

と考えた四月一日は買い物に行く事を思いつく。

たまには自分の為だけに少し凝ったものでも作ってみようか。いつも頑張っている自分にご褒美的な意味で。

そんなどこぞのOLのような事を考えながらアパートを出た四月一日は、通い慣れた商店街に向かってそして、

「一人でヘラヘラしてると余計に阿呆が目立つぞ」

バッタリと出会ってしまったのである。

端から見ればとっても仲良しな、四月一日本人にしてみればちっとも仲良くない、同級生の鉄面皮に。

表情で不快を示すより先にとりあえず何だとテメェ!とお決まりの返しで喚く。反射的なそれは最早二人の独特な挨拶であり穏やかに言い換えれば「やぁこんにちは」と一緒である。

「これからバイトか」
「バイトは休みだ。昼飯と夕飯の買い物に来てんだよ何か文句あるか」

お前こそ何を、などと話している内に百目鬼はいつの間にか四月一日の買い物に張り付き、買い物カゴにポイポイと自分の好きな物を放り込み始め、会計の時に折半。

自分だけの買い物ならば別々に会計を済ませるだろう。

まさかお前、などと嫌な予感に四月一日が口を戦慄かせていると鉄面皮は買い物袋をひっつかんでさっさと歩き出してしまう。

おいこら待てと追いかけてきたら予想通り百目鬼の家に着いてしまい、そしてそのまま台所に立っていた。

四月一日はフライパン二つと鍋三つを器用に同時進行で使いこなしながら、隣でレタスを剥ぐ百目鬼にがなる。

「俺は今日バイト休みだったんだよ!久しぶりに!」
「よかったな」

「だから!今日1日は自分の為に過ごしたかったんだ!」
「そうか」

「なのに何で俺はお前んちでお前の為に昼飯こさえてんだよ!!」
「親が明日までいないから飯が食えない。仕方がないから外で済ませようとしたらちょうどお前がいた」

「俺はお前の第二のお母さんか!!」

ビシリと不満気に突っ込みを入れて、しかししばらくすると、百目鬼家の広い台所で、しかも5つもあるコンロをまんべんなく使う満足感に四月一日は不本意にもちょっぴり楽しくなってきてしまっていた。

勝手知ったる他人の台所。もう調味料の位置やその在庫の位置までしっかり覚えてしまっている程に使っているが、いつ使っても5つのコンロというのは魅力的である。

百目鬼は阿呆のようによく食う上に舌が良く、あれこれ注文を付けてくるので量も質も落とせない。自分の家のコンロは一般的な2つのタイプなのでいつも時間がかかるが、5つもあればいろいろな事が同時にできるし、その上このコンロは業務用張りに火力も素晴らしかった。

「…何だよ。」

そんなこんなで素晴らしい台所にウットリしていると、やがて隣から視線を感じてそちらを睨む。

すると予想通りの三白眼とかち合った。

「………阿呆面」

ああ!?何だとこの鉄面皮!!

ギャンギャン喚いてそれでもきちんと完成させた、二人分にしてはかなり多い量の昼食をその一時間後に済ませる。(完食。大半を百目鬼が食べた)

四月一日は洗い物をしながらはたと気付いて、少し離れた場所で茶を啜る百目鬼に、振り返らずに声をかける。

「なぁ、俺一旦帰るな。洗濯物と布団干しっぱなしだから」

何だかんだ言いながら結局夕飯もきちんと作る気でいるところが四月一日である。すると、百目鬼が洗い物をする四月一日に寄ってきた。

「鍵」
「は?」

「俺が行ってくる」

一瞬、ポカンとしてしまう。

え。まさか、目の前のこの鉄面皮は気を使うとかそういう事をしているんだろうか。四月一日はそう思い至ってむず痒いような心地になる。

「い、いいよ別に。そんくらい…」

…しかしそれも一瞬の事だった。

「だからその間におやつを作っとけ」
「………っ!!」

当たり前のように言われ、結局そこか!!などと叫んで濡れた手に構わずズボンのポケットから鍵を出して投げつける。

右手で受け取った百目鬼はそのまま玄関の方へ行ってしまった。

「ったくあの食いしん坊野郎…」

玄関の方を思い切り睨み付け、そういえば生クリームを買い物カゴに放り込んでいたのは成る程そういう事か、などと納得する。…つまり計画的犯行だったわけだ。

どうしようもねぇ野郎だまったく、と呟きながら洗い物を済ませた四月一日は早速お菓子作りを始めたのだが、このいっそ哀れなまでの律儀さもどうしようもねぇのは本人の知るところではない。




***




何となくそういう気分だったのでシフォンケーキを作った四月一日は、台所でスポンジを冷やしつつほどほどに泡立てた生クリームを冷蔵庫で冷やす。

そうして一息吐くかと居間の方へ行くと、卓袱台の上、百目鬼が飲んでいた湯のみの横にチラシが一枚、不自然に置いてあった。

「?」

百目鬼が座っていた辺りに座ると、その、不自然に置いてあるチラシが気になって手に取る。魚屋のチラシだ。そして、その裏に何やら達筆な字で文章が長々と書かれていた。





♪♪♪




世界で一番お嫁様
そういう扱い心得ろよな

その一いつもと違う味付けに気が付くこと
その二ちゃんと残さず食うこと いいな?
その三俺の一言には三つの言葉で返事すること

わかったら右手がお留守なのをなんとかしろ!

別にわがままなんて言ってないからな
お前に心から思ってほしいんだ うまいって

世界で一番お嫁様
気がつけよなぁなぁ
待たせるなんて論外だ
俺を誰だと思ってる?
もう何だかあまいもの作りたい!
今すぐにだ

欠点?完璧の間違いだろ
文句は許さねぇから
あのな?俺の話ちゃんと聞いてる?ちょっとぉ…

あ、それとな?特売の卵決まってるだろ?買ってこい
わかったらかしずいて手を取って「お嫁様」って

別にわがままなんて言ってないからな
でもな少しくらい叱ってくれたっていいから

世界で俺だけの旦那様
気が付いてなぁなぁ
おててが空いてます
無口で無愛想な旦那様
もうどうして!気が付けよな早く

絶対お前わかってない!わかってないよ…

いちごの乗ったショートケーキ
こだわりたまごのとろけるプリン
みんなみんな我慢します…
わがままなな奴と思わないで
俺だってやればできるんだ
あとで後悔するから

当然です!だってこの俺は

世界で一番お嫁様
ちゃんと見てんだぞどこかに行っちゃうぞ?
ふいに抱きしめられた 急に そんな えっ?
「ひかれる 危ねぇぞ」そう言ってそっぽ向くお前

…こっちのが危なくねぇか?




♪♪♪




「これは…歌詞?」

しかもこの歌詞、どこかで似たようなのを知っている。

詳しくはないが、確か緑色の髪をツインテールにした女の子がこんな感じの歌を歌っていたような。一部で凄く流行ってる、確か歌を歌わせる事ができる―――…

「…見たのか…四月一日」

突然居間にのっそりと声が響く。

いつの間にか百目鬼が帰ってきたのだ。

「百目鬼…」

四月一日は百目鬼の方を振り返らずに静かに問う。

「一応聞いてやる。これは何だ」
「九軒に借りた初音ミクのCDの替え歌。さっき暇で作った」

淀みなく返事は返ってきた。続けて問う。

「嫁って誰だ」
「お前」

キッパリサッパリ摩訶不思議な返答に速攻怒鳴りつけたい気持ちが沸き起こるが、ぐっと我慢する。もう少し聞きたい事があった。

「………この、隅っこに書いてある見ようによっては割烹着を着てメガネをかけた人間みたいなへったくそな絵は何だ」
「将来のお前」

「…何で星とキラキラマークがやたらに飛んでんだ」
「お前が幸せだからだ」

「こういう事して…楽しいか」
「割と」

「…帰る」
「ちなみに旦那は」

「帰る!!」
「…。今、ついでに魚屋でマグロ買ってきた」

「うるせぇ馬鹿!知るか!!俺は帰るんだ!!」

四月一日は自分の思い人、ひまわりと百目鬼がCDの貸し借りをしていた事実にまずムカついたが、それ以上にあの、普段何を考えているかわからないような鉄面皮が自分を使ってこんな乙女チックな歌詞を書いていた事が、怒りたいような、恥ずかしいような、今すぐこの場から逃げ出してしまいたいような、捉えようのない複雑な気持ちにさせる。

よくわからないので四月一日はとりあえず『侮辱』に対する『屈辱』と認識した。

「四月一日」
「何だよっ!」

振り返ると百目鬼の右手が、四月一日の鍵を指でつまみ、チャリチャリと見せつけるように揺らしている。

それは無言の圧力であった。

「夕飯作れ。」
「卑怯者!!」

四月一日は一通り喚いてから百目鬼の持つ魚入りの袋を奪い取り、床をドスドスさせて台所へ向かった。夕食を完成させるまでに俺は嫁じゃねぇと200回くらい独り言で言ったろうか。

その後、夕食の際にすすめられて断ってからかわれて売り言葉に買い言葉で飲んでしまった酒のせいで次の日の朝、四月一日は百目鬼の部屋で、百目鬼の隣の布団で目を覚まし、軽い頭痛に耐えながら朝ご飯まで作らされる羽目になった。

そして、

「素敵な物なんて5つのコンロ付き広い台所くらいでしたよ!」

その後行ったバイト先で『素敵なもの、見つかったでしょう』とやたらしつこい店主に根気強く言い張るのだった。




おわり。

+++

『嫁』とまで書かれ、内容も明らかに百目鬼君とのラブソングと気付きながらも百目鬼君の気持ち自体にはさっぱり気付かない、ただ、悪い意味でからかわれてる程度にしか受け取らない鈍チン四月一日君です。

急に思いついた『ワールドイズマイン』の百四風味。四月一日君ボイスでレッツ脳内再生!

無口で無愛想な王子様…イイ…!!

最初は歌詞だけ乗せようと思って、せっかくだからとエピソードっぽくしてみました。

百目鬼君に罪を被せてしまい申し訳ない気持ち。

10.10.04
 

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