xxxHOLIC

□閉口*
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※籠 若干両思いっぽい






四月一日は縁側に座り、丸い月を眺めていた。

昔の自分であったら憂鬱になったに違いない満月の夜。今ではその美しい姿をただ愛でる事ができる。まぁ、店の中にいたなら、昔の自分でもできたか。

それでも、こんなに落ち着いた気持ちで眺める事はできなかったろう。

煙管を口から放し、ふぅ、と煙を吐き出す。

「どうしてお前は玄関から入れねぇんだ」

突然不機嫌丸出しの声で四月一日がそう言ったのは、吐き出した煙の先に、3日振りに見る百目鬼の姿が現れたからだ。何やらいろいろ入ったビニール袋を両手に下げている。

「あと、来る前に連絡入れろっつってんだろ」

その、四月一日の傍らには今まさに湯煎から外したばかりと思しき熱々の徳利と猪口が二つずつ、小さな盆に乗っている。事前に何時頃行く、などと百目鬼が連絡を入れた訳ではない。そもそも、今日行くとすら伝えていない。

ならばどうしてとなれば、四月一日には百目鬼が今来る事が事前に『わかっていた』という事である。これはもう自然の流れであり、百目鬼も特に驚かない。

「さっき電話した。でも誰も出なかった」

百目鬼は両手の袋を縁側の少し奥に置いて、酒越しに四月一日の隣に座った。

「ああ、俺は今起きたばっかだし、もうこんな時間だしな。」

マルもモロももう寝ている時間だ。モコナも、夕方に作り置きしておいた夕飯を食べて、ついでに用意しておいた酒もキッチリ呑んで寝ているのだろう。

煙管を置いた四月一日に、百目鬼は酒を注いで猪口を渡す。

「俺がいない間、客、来たか」
「ああ、二人来た。大した依頼じゃなかったけどな。…怪我もない」

言ってクイ、とその猪口を傾ける四月一日は月を見上げたままで、百目鬼は少し眉を寄せて横顔を凝視する。

「疑ってんじゃねぇよ。本当に怪我はしてねぇ」

その視線に気付いた四月一日は苦笑しながら百目鬼に顔を向けた。別に誤魔化してるわけじゃない、と。

「お前の方こそどうだった」
「…まぁ、綺麗なところではあった」

そこでようやく、百目鬼は自分も猪口を傾けた。

百目鬼はここ3日間、大学の教授とちょっとした旅行に行っていたのだった。…と言っても、かなり歴史ある図書館が閉鎖するに伴い、いろいろと整理していたところ貴重な本が出てきたという情報を聞きつけた教授が、“ど”が付く田舎までわざわざ足を運ぶ事になり、同行させられた…というのが事実だ。

「何か面白そうなの出てきたか」
「教授はあんまり嬉しそうな顔はしてなかったな」

「変な事は」
「特に何も」

「そうか」

なら良い、とは言わずに四月一日は再び煙管を口にする。

「お前、飯は」
「食ってない」

「作り置きねぇから簡単なモンにしろ」

それはつまり何が食いたいか、と言う事で。

夕方頃に百目鬼の分まで作り置きをしておかなかったところを見るとその時点ではまだ来る事が『わかって』いなかったらしい。

四月一日は煙管を置いて立ち上がると、百目鬼の持ってきた袋のところまでやってきて月明かりを頼りに中身を確認しだした。

野菜や肉、それに田舎のお土産らしい、あまり見かけない食材まで入っていて、珍しいソレに思わずしげしげと眺める。

「…ねぇのか?何か食いたいモン。」

百目鬼はリクエストを迷っているのか、未だに口を開かない。

いつもならばリクエストをする際は聞かずとも手間のかかるモノばかり注文してくるくせに、珍しい事もあるものだ。そう思って、そういえばこちらからわざわざリクエストを聞くのもまた、かなり珍しい事だったと気付いた。

いつもなら百目鬼の仕入れてきた材料を確認し、それらで作れるモノを作って出していたし、百目鬼も黙って黙々と食べている。自分からリクエストを聞くなんて、よっぽど百目鬼に感謝した時くらいだ。…最後に聞いたのは何年前になるか。

「…ねぇんなら適当に作るぞ」

そんな事を思いながら袋を持つと、百目鬼がようやくポツリと呟いた。

「お前」
「あ?」

「…お前。」

いつもの鉄面皮で、いつもの落ち着いた声で。

「お前が食いたい」

また、面白くない冗談だと四月一日は顔をムッと歪めた。

この頃百目鬼はこの手の『面白くない冗談』をよく飛ばす。高校時代にも時々、女の子のような趣味を持っているのかと暗に聞いてきたり、蒲公英を産んだのは自分かとからかったりしてきた。…だが10年以上経つとその質は悪化、この間なんて誕生日プレゼントを兼ねてやった護身用の指貫を左手薬指にはめ込み、『小せぇ』とほざきやがったのだ。

また、からかわれている。

それも今日のは今までで一番質が悪い。

四月一日は黙ってジッと自分を見つめる百目鬼の、変わらぬ鉄面皮をほんの少しでも動揺させたいと思った。いつも自分ばかりからかわれているのも何となく癪だった。

だから、たまには自分もからかってやろうと思ったのだ。

「へぇ、」

袋から手を放し、両腕を、すぐ近くにあった百目鬼の首に回すと、唇が触れるか触れないかの距離で、挑発的に笑う。

「…なら、食ってみるか?」

と、その瞬間だった。

「んっ!」

世界が反転し、背中を強かに打ち付けていた。そして、痛ぇと言葉が口から出なかったのは、百目鬼の唇が四月一日の唇を塞いでいたからだ。

「…本当に、食うぞ」

唇はすぐに離れた。

四月一日は文句の一つもぶつけてやろうと百目鬼の顔を見上げ、いつもの鉄面皮が、全く余裕のない様子である事に気付く。

「いいのか」

動揺させるどころか逆に動揺させられ、それでも何となく、四月一日は『余裕である事』を崩したくなかった。ささやかな意地である。

「…風呂くらい入って来いよ。その間に持ってきたやつ片しとくから」
「四月一日」

「逃げやしねぇよ。…つか、俺はここから出られねぇんだから逃げようがないだろ」
「風呂入ってくる」

百目鬼は四月一日から退いて靴を脱ぎ、縁側にあがると、食材の詰まった袋を持って台所へ消えた。

「…。何だ、あれ」

一人取り残された四月一日はまだほとんど減っていない徳利を猪口に傾けて、少し零してしまう。

拭きもせず、その猪口を口元へ持っていって、中身を一気に流し込んでから空いている手で唇に触れた。




***




台所のダイニングテーブルに置いてあった袋から食材を出してそれぞれ片し、寝室へ向かう。

天蓋付きのベッドに体を投げ出し、煙管に火を点けていると、

「もう出たのかよ」

百目鬼が部屋に入ってきた。

「腹が減ってるんでな」

色気もくそもない会話を交わしつつ、百目鬼は四月一日のベッドに上がり込んだ。今まで何度も見た事のあるベッドだったが、こうして上がり込むのは初めてだ。

そして、四月一日の作った料理を長年ずっと食べ続けていはしたが、その、四月一日自身を食べるのも初めてだった。




「良い大人ががっついてんじゃねぇよ」

そう言って四月一日は眉を寄せる。

「それとも、コッチの方も万年欠食児童…とか言うんじゃないだろうな」

目の前の白い肌に忙しなく手を這わせ、細い首筋に噛みついていた百目鬼は少しだけ口を離すと耳元に唇を寄せた。

「…10年以上待った」
「10年って、…ん、お前…」

「そんだけ焦らされたら、多少は行儀悪くなってもしょうがない」
「ああ、そうかよ…」

相当飢えてる、と、サラリと放たれた百目鬼の言葉に呆れたように返して四月一日は唇を噛む。何の事もないという風に返したが実際はかなり動揺していた。

10年以上、待ったと言った。

つまりこの男は、10年以上前から、




「…っ」




思わず目を閉じる。

感情の揺れに左右された昔と違い、今は自分の意思で右目を、自分の目に映るモノを百目鬼の右目に見せる事も、見せない事もできる。

けれど今は、今、この時だけは何となく目を閉じていないと不安だった。この激しい動揺を悟られたくなかった。

もっとも、今はアヤカシ関連の事に関わっているわけじゃない。百目鬼の右目にもきっと何も映らないはずだ。…ただ、自分の、日に日に強くなるこの力が思わぬ効果をもたらし、百目鬼の右目に、その、百目鬼の姿を映し出してしまうかもしれない。そう思うと不安だった。

「おい…っ、お前、ねちっこいんだよ…っ!」
「体の具合も確認できて一石二鳥だな」

「な、にが一石二ちょ…、んっ、」

百目鬼が体に触れる事で背筋に走る得体の知れない寒気も、勝手に早まる胸の鼓動も、自分ではどうする事もできないのだから。




この行為に理由を付けたくない。




あえて付けるならばノリで、というヤツだ。

簡単に体を開いた事も、引き返せる内にそうしなかった事さえも。

10年以上、どんな思いで百目鬼がいたのか四月一日は聞かないし百目鬼もハッキリと口にはしない。多分、口に出してしまえばどうなってしまうか、お互いわかっているからだ。

一旦口から出してしまえばもう元には戻らない。知らなかった頃には、戻れないのだから。

だから二人は口を閉じる。




***




四月一日が朝なのか昼なのか、はたまた夜なのかもわからず目を覚ますと、あらぬ場所が鈍く痛んだ。

今側にいない、痛みの原因である鉄面皮を頭に思い描き、唸る。

「…あの絶倫野郎…」

イタタ、と呟きながら上半身を起こすと、

「ん?」

痛みとは違う体の違和感に気付いた。

「何か、調子が良い…」

そう、調子が良い。

怪我をしていないとは言え、百目鬼がいない間にこなした二件の依頼は四月一日に大きな疲労と気だるさをもたらしていた。…が、今朝は、あれだけ激しい事をしたのだから更に疲れていても良いようなものだがそれはなく、むしろ気分爽快、体調万全といった感じだ。

…その事実に気持ちだけ沈む。どういう事だ、一体。

そういえば体を重ねる事により気を高める事ができるとどこかで聞いた事がある。性交と気には密接な関係があるらしい、と。

「何か嫌だ…」

ウンザリ呟いて起き上がり、簡単に着物を羽織る。体がベタベタしていないところを見ると、どうやら自分が寝ている間に百目鬼が体を拭いてくれたらしかった。

…そもそも何でこんな事になったのか。

そうだ、リクエスト。リクエストなんてわざわざ聞くんじゃなかった。あれがなければこんな事にはならなかったハズだ。…しかし、謎だ。我ながら何であんな事をしてしまったのか。

『この世に偶然はない。あるのは必然だけ…』

頭に思い浮かんだ言葉にどんな必然だ、と四月一日はボヤいて、痛みを我慢しながら部屋を出る。途端、幼い少女二人が四月一日に抱き付いて来た。

「四月一日おはよう!」
「四月一日おはよう!」

挨拶を返してマル、モロ、それぞれの頬にキスをすると、その二人が同時に「「大変!」」と叫んだ。

「四月一日いっぱい赤くなってる!」
「四月一日虫に刺された!」

え、と四月一日が自分の体を見やれば服の隙間から見える肌には所有の印がこれでもかと刻まれていて、あの野郎、と拳を震わせる。

「四月一日痒い?」
「四月一日お薬塗る?」

大丈夫だよ、と笑顔で二人の頭に手を置くと、その時、何やら焦げ臭いニオイが台所の方から漂ってきて眉間に皺が寄る。…不器用め。

昨夜の事で、そしてそれがもたらした効果により、これから百目鬼との関係がどう変わっていくのかはわからない。わからないが、とりあえずこれだけは言える。

「ったく…慣れねぇ事はするもんじゃねぇな…」

呟いて四月一日は台所へと向かった。




オワリ。

+++

四月一日君は百目鬼君はそろそろ自分から離れてどこかで幸せになるべきと考えているし(指貫きを渡した辺りから微妙なところだけど)、百目鬼君は一生四月一日君の側にたい(むしろいるべき)と思っているとオモ。

四月一日君は百目鬼君の気持ちに薄々気付いてるけど鈍いから曖昧で、百目鬼君の方は本当の気持ちを言ってしまえば四月一日君が自分だけ店に入れなくしたりとかして強制的に接点を打ち切られてしまうのではとエスパーしています。

ところで鳴滝は百目鬼君童貞説を強く信じています。

10.10.04
 

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