xxxHOLIC

□揶揄
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※堀鍔。






四月一日は現在困っていた。

非常に、困っていた。

「どうなんだ?四月一日」

真面目な顔で問うてくる目の前の相手に、どう応えて良いかわからず視線だけがウロウロとさまよってしまう。




ほんの10分前、四月一日は放課後の教室に一人残り、宿題をしていた。…というのも、四月一日曰わく“仲の悪い”同級生からいつもの鉄面皮で『委員会終わるまで待ってろ』と言われたからである。「何でだよ!」と喚いたもののあっさりとスルー。百目鬼は振り返りもせずさっさとどこかへ行ってしまった。まぁ、言葉が足らないのはいつもの事である。

別に待ってろと言われたからと言って素直に待っていてやる事もないのだろうが、四月一日はそれでも待っていた。断りもせず勝手に帰るのはいくら何でも悪い気がするからだ。例え相手があの百目鬼であってもそういう事は人としてよろしくない。だからせめて「何で俺が」「偉そうに」などしっかりと文句だけは吐く。…それを聞く相手はいないが。

そうしてどうせ待つならと始めた宿題だったが、しばらくシャーペンを走らせていると、ふいに教室に誰かが入ってきた。

「四月一日」

呼ばれて顔を上げれば、そこにいたのは

「小、龍…?」

四月一日の親友、小狼に外見だけはそっくりな小狼の双子の兄、小龍だった。

「小狼知らないか」
「ごめん、知らない。どうかしたの?」

「いや、まだいるようなら一緒に帰ろうと思ってな」
「そっか」

ええと、と、教室を見回し小狼の机を見てみると机の横には鞄がかかっていた。

「あ、小狼まだいるみたいだよ」

そうか。小龍は言って何故か四月一日の方に向かって歩いてくる。

「え?」

戸惑う四月一日にお構いなしで、小龍は四月一日の机の前の席に横向きで座った。

どうやらここで小狼を待つという事らしい。




…まぁ、良いけど…




四月一日は何か話を振った方が良いだろうかと考えながら目の前の横顔をチラリと見やる。小狼とは仲が良いが、転入してきたばかりの小龍とは挨拶を含め一言二言程度言葉を交わしただけで、まだ話らしい話をした事がない。なので正直ちょっぴり気まずかったりする。

この機会に親交を深めてみようか。

などと思っていると当の小龍は鞄の中から雑誌を取り出して読み始めてしまった。見れば四月一日も読んでいる週刊誌だった。

「俺の事は気にしないで宿題続けてくれ」

雑誌から目を離さずに小龍が言った。

「う、うん…」

少しホッとしたように四月一日も応えて、机の上に視線を戻す。

しかしそのすぐ3分後、小龍から話しかけられ再び顔を上げる事になった。

「四月一日、定規あるか」
「え?…あ、うん」

突然何故定規?と思いはしたがとりあえず筆箱の中から定規を取り出して小龍に渡す。…と、小龍は雑誌の一部に定規を差し入れ、慣れた手つきでススー、と、引く。そこは所謂袋とじと言われる部分で、中身は肌色率が高いページが閉じられているのである。

「ありがとう」

小龍の手元にある袋とじ部分は綺麗に数ページに分かれていた。

「慣れてるんだね」

定規を受け取って筆箱にしまいながら何となしに言うと、小龍はジィ、と四月一日を見つめてきた。

「四月一日はどうやって開けるんだ?」
「えっ?」

「この雑誌、四月一日も読んでるんだろう?」

何で知ってるんだと聞こうとして、そういえばこの間の昼の放送の時、話題に上がった事を思い出す。

「あー…うん。でも俺、基本的に立ち読みだし、買ってもそういうのやらないし…」

応えると小龍はいかにも驚いた顔で再び質問してくる。

「興味ないのか?」
「あ…、いやっ、興味っていうか、えっと、そんな事はない、けど…」

けど。と、四月一日はもじもじして小龍の視線から逃げるようにあちらこちらと視線をさまよわせる。

「女子の胸に興味ないのか?」
「えっあの、むむむ胸って…」

「四月一日は九軒の胸に触ってみたいとは思わないのか?」
「な―――…っ!!!」

ジワジワと色付いてきていた四月一日の顔が、小龍の発言により一気に真っ赤に染まる。それは林檎やトマトや茹で蛸やらに例えられるような染まり具合だった。

「恥ずかしがる事じゃないだろう?好きな奴に触れてみたいって思うのは」
「すすす好きって!好きって!あのっ、小龍…っ!!」

以前、昼の放送の時も思ったがこの、小龍の妙な男らしさは何なのだろうか。堂々と、何もやましい事などないといった、この。

四月一日は正直、こういった話題に慣れていない。

いつも一緒の百目鬼や小狼ともこんな話はしないし、四月一日自身、女性の胸がどうとかよりも日々、大飯食らいの三白眼や我が儘な学園長へのおさんどん、家事や家計の事でほとんど頭は占められている。…今更な事だが、これは年頃の男としてどうだろう。




「面白い話をしてるね〜!俺も混ぜて〜!」




と、その時だった。

突然窓の方から気の抜けるような声が聞こえてきて、四月一日は助かったとばかりにそちらを振り返る。…何がなんだか、とりあえず質問に答えるのをごまかせた。

窓の外からヒラリと、その長身をまるで感じさせない、羽のように軽やかな動きで

「ファイ先生!」

科学教師が窓枠を飛び越えてやってきた。

「どこから入って来てるんですか!」

四月一日がそのお行儀の悪さを諌めるとしかし、ファイはヘニャリと笑って

「緊急時は認められてるんだよ〜」

と返す。

「今…緊急時ですか」
「あったりまえじゃな〜い。可愛い生徒が好きな子のちょっぴりエッチな話なんかしてるんだから十分緊急時だよ〜」

助かった、と先程思ってしまった四月一日はその考えをすぐに改めた。むしろ逆だった。状況が悪化した。目の前のこの科学教師は人をからかうのが大好きなのだ。

今のこの状況。

我ながらからかい放題ではないかと四月一日は青ざめる。

こんな事になったのも元はといえばあの三白眼が自分を待たせたせいである。四月一日は心の中で阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆百目鬼!!などと罵った。

「…って百目鬼君だよねぇ?」
「はィっ?!」

今まさに心の中で罵っていた相手の名前がファイの口から出て、四月一日は一瞬心の声を聞かれたのではと焦る。

「そうなのか四月一日」
「な、何が?」

小龍は弟の小狼と違って表情があまり豊かではないと四月一日は思う。そしてジィ、と、こちらを見つめる見透かすようなその目が、何となく落ち着かない気分にさせる。

「だからー、四月一日君の好きな人、本当は百目鬼君だよねぇって話」

ヘニャーン、と、その四月一日の目の前に笑顔のファイが横からドアップで現れた。

「………。」

一瞬の、硬化。…後、

「はぁああッッ!?」

四月一日は背をそらしながら立ち上がった。その勢いで座っていた椅子を後ろに倒してしまう。

「な、何で百目鬼なんか!」

ファイは四月一日の反応に相変わらずヘニャヘニャ笑いながら右手人差し指を顎にあてる。

「え〜?何でって、四月一日君と百目鬼君ていつも所構わずイチャイチャしてるじゃな〜い」
「いつ俺があんなのとイチャイチャなんて?!」

小龍も四月一日の訴えに頷く。

「俺も、四月一日と百目鬼はむしろ仲が悪いように見えますが…」

小龍は最近この学園にやってきたばかりだが、校内で見かける四月一日と百目鬼はいつも喧嘩(というか四月一日が一方的に怒鳴っている)をしているように見えるし、誰にでも隔たり無く優しい四月一日があんな風に目くじらを立てているのは百目鬼に対してだけだ。…つまり、仲が悪いのだと思っていたのだが。

「ああ、小龍君来たばっかだもんね〜。みんな最初は騙されるんだよ〜」

「騙される?」
「俺騙してなんかないですけど?!」

ファイの言葉に小龍、椅子を置き直しながらの四月一日がそれぞれ反応して、そして話は続く。

「いつも喧嘩してるように見えるでしょ?あれよく聞いてると夫婦漫才だからねぇ」

「夫婦漫才?」
「違いますッッ!!」

「だいたいさー、嫌いな相手の為に毎日毎日お弁当を四段重で作るかなぁ。一緒にご飯食べるかなぁ。」

「四段重って、あの四段重か?いや、それ以前に四月一日、お前、百目鬼の弁当を毎日作ってるのか?」
「ち、違、あれは仕方なくっ、事情があって!!」

「お昼のお弁当だけじゃなくて放課後のお弁当も時々作ってあげてるよね?試合の時も差し入れ持って行ってるし。さらには百目鬼君の家でご飯作ったり突然家に百目鬼君が来て、それでお夕飯作ってあげたり」

「四月一日お前、」
「な…何でそんな事まで知ってるんですか?!」

「しかもご飯だけじゃなくてお菓子もデザートも寒い日の為の手袋まで何でも作っちゃうんだよね〜。百目鬼君の為に!」

「四月一日…」
「ちょちょ、ちょっとファイ先生!!」

「今や百目鬼君家の台所事情は百目鬼君より詳しいんだよ」

「………。」
「ちが、違うんですっ、うわ、そんな目で見るなよ小龍!!」

「そういうのって何かいやらしいよね〜」

「いやらしいな」
「何が!?何がいやらしいの?!」

「言ってる事とやってる事、違うよねぇ」

「こっちが恥ずかしい」
「だから何が!!」

「超仲良しって感じ〜」

「間違いなく仲良しだな」
「仲良くない!全っ然仲良くないっ!!」

ファイからの説明に小龍は納得した。そう、自分は四月一日と百目鬼が喧嘩しているのを"いつも"見ていた。

いつも、という事は、いつも一緒にいるという事で。

「だいたいっ、弁当とかお菓子とかっ、好きで作ってるわけじゃなくてあいつがあれ作れこれ作れうるさいから―…!!」

「で、律儀に作ってあげちゃうんだ?」
「健気なんだな四月一日は」

だから違うんです!!と、四月一日は顔を真っ赤にして勢い良く顔を左右に振る。

「と、なると四月一日が女子の胸に興味を持たないのも納得がいくな」
「え」

小龍は四月一日の目の前にグイと、先程自らの手でページに分けたグラビアを持ち上げて見せる。

「うわあ!!!」

すると真っ赤な顔のまま四月一日は顔を背けた。

「何だ、四月一日は女子じゃなく百目鬼の胸に興味があるんじゃないのか?」
「違うよ違う!!男の体なんか興味あるわけないだろ!!」

「四月一日君は初なだけだよね〜?」

ほらほら、とファイは小龍の手から雑誌を抜き取り、背けた四月一日の顔の前にわざわざ持ってくる。

「やめて下さい!!」
「あっはは〜♪四月一日君可愛い〜♪」

誰か助けて、まさにそんな状況で目を瞑ると、教室の入り口でガタン、と音がする。

「あ、旦那さんだ〜」

ファイの声にハッとして入り口の方を見やると、この状況のそもそもの原因である百目鬼が筆記用具片手にこちらに向かってくる。

「委員会が長引いた」

四月一日に対するその簡潔な物言いに、ファイと小龍がああ、と反応する。

「待ってたんだ〜」
「待ってたのか」

椅子がまた後ろに勢い良く倒れる。四月一日が突然立ち上がったからだ。

「全然待ってないっ!!!」

そうして四月一日はさーてそろそろ帰ろう!などとわざとらしい独り言を叫び、さようなら!と片手を上げて教室を飛び出して行った。鞄を持たずに。

「…あんまりからかわないで下さい。」

百目鬼はファイと小龍にため息を吐きながら、四月一日の筆記用具とやりかけの宿題を持ち主の鞄に入れてやり、閉じる。

「ごめんね〜つい面白くて」
「百目鬼の気持ちがわかった」

自分の鞄にも筆記用具を入れると、四月一日の鞄と重箱、三つ持って教室の入り口に早足で向かう。…するとちょうど廊下からやってきた小狼と鉢合わせた。

「あ、百目鬼。四月一日がげた箱のとこでうずくまってたぞ。話しかけたら具合は悪くないって言われたんだけど…」
「わかった」

早足から小走りに。

百目鬼がさよならの挨拶も忘れて教室を出た後、小狼は四月一日の席で突っ伏して笑う科学教師と、その前の席にて片手で顔を隠し、体を震わせる自分の兄を発見する。




おわり。

+++

(*^p^*)わったん乙!!

ちなみに小龍は超が付くブラコンだと思う。

10.10.04
 

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