xxxHOLIC

□願望*
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※グロテスク注意
※流血注意
※微エロ





それはいつも決まって、室内がほんのりセピア色に染まるとやって来る。

ああ、と、自分の部屋で洗濯物を畳んでいた四月一日は急いで立ち上がった。

玄関に駆けていってノブを捻ろうとするが、回らない。それなら窓に、と振り返った瞬間、背後でいつものようにドアノブが回る。

「どうした、待ちきれなかったのか」

静かに開いたドアから見知った鉄面皮が現れ、四月一日の姿を確認するなりニヤリと口元を歪めた。

瞬間、ゾワ、と、鳥肌が立った四月一日は走り、力いっぱい引こうにもうんともすんとも言わない窓にすがりついた。

「何してる」

ゆっくりと近付いてくる気配、四月一日は窓から、今度は壁際に走る。

「く、く、来るなっ!」

このままではまたいつものパターンだと、ならば四月一日は時が過ぎるまで壁を背後にして逃げ回る事にした。

「四月一日」
「来るなったら!!」

しかしここは一人暮らしの狭い部屋。逃げ回るにしても限界があり、すぐに捕らえられてしまう。

「放せ…放せ!!イヤだ!!」
「暴れんな、また酷くされたいのか?」

両手首をガッチリ掴まれ、強引に押し倒されて床に腕を縫い付けられる。

「…そうだな。お前は好きなんだよな、こんな風に無理矢理されるのが」

ペロリと唇を舐める仕草が目に入り、四月一日の体が竦む。

「や…めろ」

無駄だとわかっていても言わずにはいられない。すると四月一日の上で、見知った顔が普段なら到底有り得ないような笑みを浮かべる。

「全てはお前が望んでいる事だろう?」

否定の言葉は、紡ぐ前に塞がれた。




***




「四月一日君、最近顔色悪いよ、大丈夫?」

朝一番、教室で可愛らしい天使から心配されてしまう。

「う、うん、大丈夫。ちょっと寝不足なだけ…。心配かけてごめんね、ひまわりちゃん」

以前だったら飛び上がって喜ぶような状況だろうに今は全くそんな気になれない。…とにかく気分は最低最悪だった。

唯一の救いがあるとすれば、それは百目鬼が大会が近いので部活で忙しく、朝は朝練、昼も練習、放課後は言わずもがなでほぼまったく接点がない事だった。

アヤカシにも最近は遭遇せず、バイトの方も店主が何かの用事で出かけている為に休み。この喜ぶべき状況を、余す事なく楽しみたいというのに。

放課後、家に帰るのが嫌だった。

思う存分家事に専念できるのに、とにかく憂鬱でしょうがない。

それでも自分が帰る家はあそこしかない。店に泊まろうかとも考えたが、店の中でまであんな事になったらと思うと怖かった。

四月一日はダラダラと買い物をして、なるべく遅く歩いて家に帰る。暗くなるとアヤカシが増えて危ないので、自分の体質を恨みながらそれ程暗くならない内に。




そうして、夕飯の準備に取りかかっている時、ネギを刻んでいると辺りが急にセピア色に染まり始める。四月一日は包丁を握り締める力を強める。

「今日の飯、何だ」

するとやがて、いつも通り、玄関からソレが現れる。

「まぁ、どうせ俺がここで食うモンは決まってるがな」

ニヤニヤと似合わない笑みを貼り付け近付いてくるソレに、四月一日は包丁を向けた。

「来るな。」

すると包丁を見るなり、しかしソレは怯むどころか、一層笑みを深くして更に近付いてくる。

「来るなったら!!」

後退りしたのは四月一日の方だった。鉄面皮は四月一日の、包丁を握り締める手ごと掴むと自分の首筋にあてさせた。

「引けよ」

ガタガタと震えながら四月一日は首を振る。

「どうした、怖いのか?俺を殺したいんだろう?」
「や、やめろ!!!」

包丁をとにかくあてがわされた肌から離したくて、もがいた。もがいて、そして、包丁がほんの少しだけ、ソレの首筋をなぞってしまう。

「あ…っ!!」

途端、ボタボタ、と、小さな傷口にしてはかなりの量で勢い良く血が溢れ、床に垂れた。

「…あ…」

カラン、と包丁が転がる。

「…痛ぇ…」

ソレが首筋を押さえてガクンと床に這いつくばる。

「百目鬼ッッ!!」

四月一日は叫んで素早く屈むと、首筋をおさえる手からも止めどなく溢れてくる血に青ざめ、とにかく止血をしなければと思い至った。

立ち上がろうとすると、ヌル、と足元が滑り、不思議な程簡単に転んでしまう。

「四月一日…」

その、転んだ四月一日に血まみれのソレが覆い被さってくる。

「ちょ…っ、馬鹿、止血しないと!」

四月一日の顔にも、血が垂れる。

「お前がやったんだろうが」
「ち、ちが」

ボタボタ、生暖かい血が、止めどなく。

「百、目鬼、」

どうにか止めたくてソレの首筋に手を伸ばせば、ソレはまたニヤリと笑った。

「今度は絞めるのか?」
「違う!」

パッと手を離すと再び垂れてくる赤。四月一日は顔を歪め、とりあえずまずはソレの下から這い出ようと試みる。

「逃げられるわけねぇだろ」

ソレが歌うように言う。

「全ては、お前が望む事なんだからな。今、俺の下から出られない事も、お前が逃げ出したくないから逃げられないんだ」
「違う!!」

否定を叫んで、シャツの中に滑り込もうとする手を掴む。

「俺はこんな事したくない!!お前を傷つけたくもない!!」
「さぁ、どうだろうな。現に俺は怪我をしたし、今からお前を犯そうと思ってる」

「俺はしたくない!したくないんだよ!!」
「そうだな、お前はそうやって嫌々をして、俺が嫌がるお前に無理強いをするシチュエーションが好きなんだったな」

「違う!本当に嫌なんだ!!」
「じゃあ逃げ出してみろ。お前が本当に嫌なら俺から逃げる事も、俺を部屋から追い出す事もできるだろ」

四月一日はもがいた。必死にもがいてもがいて、そして、

「やっぱり、逃げたくねぇんだろうが」

再びソレにおさえつけられた。




***




ある朝、四月一日は床で目を覚ますと、そのまま台所へ行って包丁を新聞で幾重にも巻き、そして戸棚の奥にしまい込んだ。

その体は震え、脂汗にまみれ、呼吸も荒い。

はぁ、と大きく息を吐いて、そこら中に散らばった塩を片付ける。少し期待したが全く意味を成さなかった。

そうして片付けが終わると、グッチョリと濡れた衣服を脱ぎ捨て、風呂場へと向かう。

いつまでこんな事が続くのか。…深いため息が出る。

ついさっきまで血の海と化していた床は何事もなかったかのようにいつも通りで、アレの肉も落ちていない。

しばらくの間、料理は止めて食事は適当に買って済ませる事にしよう。

近頃アレは刃物を持っている瞬間を見計らっているかのように現れるのだ。そうして四月一日の目の前で―――…

「っ。」

ブン、と頭を振って忌まわしい記憶を払拭する。

シャワーの湯を出し、手にあてて適温になったところで頭から浴びる。

汗を、汚れを洗い流しながら、

ああ、今日も会わなければ良い。

そう思った。




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