戦国BASARA
□春
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※現代
※大学生
「…わぁ、不細工」
ポロリと出たようなその一言にああ?と低く聞き返す。
「どうかしたわけ?」
別にどうもしねぇよ。
言ってやれば俺を呼び出した人物―――前田慶次は苦笑いした。
「何だよ、珍しく合コンに来てくれたと思ったら突然そんな顔」
「飲み会っつったろテメェ」
「まぁまぁ、同じようなもんじゃん」
仲間内での飲み会があるから来ないか、というメールにたまたま呑みたい気分だった為にノコノコと来ちまったのが間違いだった。和風の飲み屋の座敷部屋、襖を開けた瞬間に激しく後悔する。
こいつからの誘いという時点で断るべきだった。
そうだった。この前田という男はとにかく一年中恋だ恋だと煩ぇ奴だった。
男女半々の割合で和気藹々と盛り上がる会場内は、明らかに仲間内で楽しくという雰囲気ではなく、『男と女の出会いの場』というものだった。
小、中、高…大学まで何故か一緒という腐れ縁だったというのに俺とした事がすっかり油断していた。ここ数年、ただ一人の事以外はほとんど視界に入らなかったからうっかり忘れていた。
まぁ、せっかく来たのだから少しだけ呑んですぐ帰ろうと思い、とりあえず部屋に入る。
すでに始まっていたそれは独特の熱気を纏って大盛り上がりしていたのだが、俺の姿を見た女共が更に耳障りな黄色い声をあげて口々に隣へと誘ってきた。…嗚呼、こうなるから合コンつうのは嫌なんだ。
『そういう』目的で来てる分あからさまにアピールしてくる。
やっぱり帰ろうか―――と思った矢先、いやに女共が固まっている場所があり何となくそこを見て、帰る気が失せた。
すぐにでもそこへ突っ込んで行きたかったが、我慢してとりあえず男共の固まる隅っこに避難する。
だが、視線は先程やった場所に釘付けだった。女共が固まる中心辺りだ。
さっき、一瞬だけ目が合った。驚いたような目をしていたが、それはこっちだって同じだ。
そこにいたのは、つい三日前まで大の親友だった真田幸村だった。
『だった』のは、現在その関係が訳あって微妙な位置にあり気まずい、というだけで特に喧嘩をしたからというわけではない。
真田幸村は同じ大学、同じ学年だ。
出会いは高校一年目の、インターハイ決勝だった。
物心つく前から剣道を習っていた俺は当然のように中学、高校と剣道部に所属、まぁ俺としては体を動かすのが好きなのと、気晴らしにもなるからっつぅ理由で所属していて、あんまり真面目とは言えない部活態度だったが、部内で誰も口出しできない程度には強かった。
そんな俺は先輩たちを差し置き、インターハイ個人で順調に勝ち進み、そうして決勝にて優勝を逃した。
優勝したのは、俺と同じ歳の、他県の男だった。それが真田幸村だ。
部活メンバーがまさかと驚愕し、優勝を逃した事を残念がったが俺だけはそうでもなかった。むしろ勝手に上がる口角を自重できずにいた。
真田幸村との試合が、楽しかったのだ。
剣道をしていて、手強い相手との、すぐに決さない勝負に舌打ちする事があっても楽しいと感じた事はなかった。
これは、何だ。打ち合う相性が良いという事か?
それに、面を取った真田幸村の、晴れ晴れとした顔───。(試合前は特に意識して見てなかったというか普段から相手の顔なんざろくに見ちゃいねぇ)
成る程一目惚れってのはこの事かと、自分の中で妙な納得が起こった。衝撃的な胸の高鳴りと共に───。
そこから俺の行動は速かった。
試合直後に自ら幸村にコンタクトを取りに行き、驚きつつも友好的に対応した幸村に付け入って速攻でメールアドレスと携帯の番号を手に入れたのだ。
そうして幸村と交流する内にどんどん仲良くなり、時々休みの日に打ち合ったりデートしたりして着々と親睦を深めた俺たちは、話し合い、スポーツ推薦で晴れて同じ大学に入ったのだ。(ちなみに二年、三年の時のインターハイ個人は僅差で俺が勝ち、団体は幸村の高校が三連覇した)
今までいろんな女ととっかえひっかえ付き合ってきた俺だが、恋をしたのは幸村が初めてだった。同じ性別というのも全く気にならない程熱を上げた。
今まで恋というのは単純に、相手に欲を抱く事だと思っていた。簡単に言えば、犯りたいと思う事が即ち恋だと。
付き合った相手と四六時中ベタベタイチャイチャする奴らの事が理解できなかったが、それは俺に合ってないスタイルというだけだと思っていた。
それが間違いだと気付いた。
俺は四六時中幸村と一緒にいたかった。
胸がときめくという事を、誰かを大切にしてやりたいと思う気持ちを、ずっと一緒にいたいという感覚を、幸村で初めて知ったのだ。
幸村はつまり、俺にとっての初恋の相手というやつだ。
だが、いかんせん俺も幸村も同じ男だった。俺は性別なんか気にしないが幸村はどうだろう。今までダチだと思っていた相手から恋愛の対象として見られていると知ったら…
気持ち、悪いとか思うかもしれない。
最悪絶交されたりしてな。
心優しい幸村だ、そんな事想像できないと思いながらも可能性がないわけではない。
例えばハッキリと幸村に拒絶されなくても、態度がぎこちなくなるとかそんな風になったら嫌だ。
俺はとにかく自分の気持ちを隠し、幸村の側にいられればそれで充分だと思い込む事にした。
そんな幸村と気まずくなったのが3日前。原因は、充分だと思い込む事にしたはずが、ポロリと、それはもう、本当に一瞬それを忘れた事にあった。
俺の部屋で二人でくつろいでいた時の事だ。テレビを点けていたらたまたまやっていた恋愛ものの映画を何となく惰性で見ていた。
ふと横を見ると、幸村がラブシーンを真剣に見ていて、それが何だか面白くてからかってみた。こういう女が好きなのかって。
幸村は違うと言ってから、俺とテレビの中の女がお似合いだと思っていた、とか言った。
その時の、幸村の顔が何だかいつもと違って見えてつい見入っていたら、幸村も何故かずっと不思議そうに俺の顔を見ていた。
思わずキスしていた。
「俺が好きなのはあんただ、幸村」
そうしてそんな事を口走っていた。
幸村は、俺の部屋から飛び出した。
あんなに慎重になっていたというのに、何故あんな軽率な真似を。
すぐに激しく後悔した。
謝罪のメールを送ってみるが無視をされ、電話をかけても無視された。
まずい、
幸村はメールは必ず律儀に返してくる方だし、電話だって出られなければ一時間以内にはかけ直してくる。…いつもなら。
嫌な予感がしてつい、しつこくメールを送り続け、電話もかけまくってしまった。嫌がらせレベルのしつこさだったから幸村は引いたかもしれない。…だが、それだけ余裕がなかったのだ。
くそ、カッコワリィ。
俺はとにかく話がしたかった。罵られても良い、バレちまったもんはもうしょうがねぇ。こうなったら開き直ってとことん気持ちを伝えるだけだ。
ならばと本人に会うべく大学で幸村を探すが不自然な程会わなかった。
………おそらく…いや、絶対だ。俺と接触するのが嫌なんだろう。
悲しみと焦りがだんだんと怒りに変わってきた、そんな中での前田慶次からの誘いだった。八つ当たりしてやろうと思って来たのに。
まさか、こんなところで再会できるとは思わなかった。
しかも、幸村は女共に囲まれてデレデレしていやがる。(俺にはそう見える)
何なんだ畜生。あんた全然平気そうだな
何合コンなんか来てんだ馬鹿野郎
…いや、わかってる。あんたの事だからどうせ俺と同じように飲み会があるからって誘われて来たんだろ。わかってんだよ、
畜生、こっち向けよ幸村。
幸村は俺の反対方向ばかり見ていて、こちらを全く見ようともしない。(むしろ幸村を取り囲む女共が勘違いして見返してきやがる)こっちはガン見してるってのに。
意識して無視している。…いや、逃げている。
ああ、そうかよ。そんなに俺から逃げ回りたいか。
なら、幸村には逃げてもらう事にしよう。この場から。
「どうしたの?」
突然立ち上がった俺に前田が不思議そうに声をかける。
「便所」
そう言って俺はその場から退場、トイレとは反対方向の出口へと向かった。襖を閉めてしまえばどっちへ行ったかなどわかりはしない。
俺は出口の外で待ち伏せた。
幸村は絶対にまた逃げる。
あれだけ俺から逃げまくっていたのだ。今だって俺がいない隙にこの店から必ず脱出を試みるはずだ。
その予想は裏切られる事なく、俺が待ち伏せた直後に幸村が店から出てきて―――…俺の顔を見てギョッとする。
俺はすかさず幸村の左腕を力いっぱい掴んだ。
「Hey幸村。また逃げるのか?」
「ま…っ。さむね、どの」
幸村が俺の手を振り解こうとするがさせなかった。俺は幸村の右手首を掴んだ。
「今日こそ逃がさねえ。」
*