戦国BASARA

□peach
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※学園BASARA
※オカン佐助の温かな眼差し




旦那が風邪をひいた。

「佐助…俺は…死ぬのか」

床に伏せてらしくもなく弱々しい声でこれまたらしくもない弱音を吐く旦那に思わず笑ってしまう。

「なーに言ってんの。旦那が風邪くらいで死ぬわけないっしょ?」

まぁ仕方ないっちゃ仕方ないのかもしれない。幼なじみであり小さい頃からいつも一番旦那の側にいたであろう俺が知る限りでも、旦那が風邪らしい風邪をひいた記憶がない。うっかりひきかけても大概悪化する前に気合いだとか持ち前の頑丈な体が治してしまうからだ。

詰まるところ、本格的に病気でへばるのは初めてなのだ。いつもは赤い鉢巻が在る額に今は真っ白な冷えピタ。…何だか痛々しい違和感だ。

「…やっぱり、俺様今日は学校休もうか?」

旦那はこれからひたすら爆睡するだけだし、俺が側にいてもやれる事といったら定時にご飯食べさせて薬飲ませるくらいしかないけど病気の時は多分心細いだろうし、同じ部屋はうつるからダメだけど、せめて同じ屋根の下にいるくらいはできる。呼べばすぐ駆けつけられる距離くらいには。それを意識するだけでだいぶ心持ちも違うはずだ。

それに、俺自身もちょっと心配だった。この真田幸村という人は普段真面目で問題なんか起こしたりしない良い子だけど如何せん天然なのだ。時々思いもしない事を何の気なしにしでかしたりするからいつもみたいにすぐフォローできるところにいたい。

熱で朦朧としている今、余計に何かしでかしたりしないかと心配になる。…俺が帰ってくるまで静かに寝て、出来れば自主的に枕元に置いといたお粥食べて薬飲んで水もいっぱい飲んでくれたりだけはしといてくれたら良いんだけどこの人の事だ。一応ダメとは言っておいたし普通できるわけないんだけど起き上がってフラフラと日課の自主トレなんかを始めないとも限らない。そしてその自主トレ中ウッカリ物を壊したり転んで頭打ったり最悪怪我して血がドバドバ出るとかして近くに俺がいなかったら手当てできないし帰ってみたら手遅れなんて事にああ、心配だ。やっぱり側にいた方が良いだろう。

「なら…ぬ」

しかしその決意は心配すぎる対象、真田幸村本人によって却下される。

「お館様より、預かりし…大切、な…サッカー部…俺がいないのを良い事に…伊達政宗が…野球部がグラウンドを、ゲホッ」
「あーあーあー!あんま喋らないで、喉刺激しないで、咳すると傷めて治り遅くなるし痛いでしょ。言いたい事はわかってるから…」

「すまぬ…しかし、それだけはならぬ…サッカー部を…頼む、グラウンドを、死守してくれ…」
「旦那…」

旦那はお館様とお館様のサッカー部命。そして腰を痛めて養生中のお館様に現在部活を任されている。…となれば旦那にとっての最優先事項がそれなのはわかりきっていた。

「こんな事で…部活もままならぬは…お館様に申し訳…」
「わかったよ、わかったからもう静かにして」

どうせ俺が何を言ってみたところで意思が覆される事はないだろう。ならばと刺激しないようすぐに引き下がる。…昼休みに一回様子見に帰って、部活も早く切り上げよう。それで良い。

「佐助…俺の事は良い、早く学校へ行け…」
「はいはいわかりました。…でも良い?旦那。早く治したかったらくれぐれも自主トレとかしないでちゃんと大人しく寝てるんだよ?今はとにかく余計な心配とかしないで自分の体を治す事だけを考えてね。食べられるようならお粥食べて水分もちゃんととってね、薬も一緒にここ置いとくから、あとティッシュとゴミ箱ここね、新しい冷えピタもここ、タオルはここ、みんなすぐ手の届くとこにあるから。なるべく起き上がっちゃだめだよ、火の元は絶対いじっちゃだめだからね、あと誰か来ても」

「佐助…遅刻…するぞ…」
「ああ、ほんとだ。だけど旦那、くれぐれも動き回っちゃ――…」

「わかっている!だから早く行け!ゲホゲホ、ゲホ!」




***




「………えっ?」

俺は目と耳を疑った。

いつも無駄に元気だとか学校一の暑苦しさがトレードマークの旦那が病欠だなんて一大ニュースは、一時間目が終わった休み時間には学校中の生徒たちが知っていた。本人に全く自覚はないらしいが目立つので有名人なのだ。

そんな事だから自分たちを阻む強力な邪魔者がいない事をあの男が知らないはずもなくここぞとばかりグラウンドを奪いに来ると思っていたのに。

「だから、しばらくはグラウンド使わねえって言ってんだよ。you see?」

何度も言わせてんじゃねぇよ、と舌打ちして目の前のジャージ姿の男はその隻眼を苛と細める。

「小十朗の畑を新しくする」
「そ、そうなんだ」

「で、何日かかかる」
「あ。うん」

…というわけで放課後はグラウンドを譲ってやるから朝練の時は野球部に譲れというのが目の前のジャージ男、野球部部長、そしていつも旦那とグラウンドの使用権をかけて争っている伊達政宗の言い分だった。

勿論二つ返事で了解する。良いに決まってる。

「しっかしラッキーな偶然もあったもんだこと。てっきり真田の旦那がいないからってあんたがグラウンドを強引に奪いに来ると思って俺様身構えてたんだけど」
「Ah〜?真田幸村がどうかしたのか?」

心配事が減って軽口を叩いてみたら面白い返事が返ってきた。もしかしたらと一瞬思った仮説がほぼ確定する。この男、案外不器用らしい。

「あれ?知らなかった?真田の旦那今学校休んでるんだよ」
「ヘェ、そうなのか?道理で今日は少し気温が低いわけだ。」

いかにも楽しげに笑う姿にこちらも少し笑ってしまう。多分、本人は完璧に誤魔化しているつもりなのだろうがこちらからしてみると何と言うか、滑稽な程わざとらしい。…グラウンドの件もあるし気付かないフリをしてあげるけど。

「ちょっと、うちの旦那を地球温暖化か何かの原因みたいに言わないでくれない」
「しかし親馬鹿なあんたが側についててやらねぇとは珍しいな。あいつが風邪ひきゃ学校くらい休みそうなもんなのによ」

「そうしようと思ったけど自分の事よりグラウンドを死守しろって言うから。一応昼休みに一回帰って様子は見てきたよ。ちゃんと寝てたからホッとしたよ」

さりげなく旦那の様子を教えてやれば、しかし目の前の男は動揺を隠しきれないような表情をした。あれ?何か変な事言ったかな。

「…あんた…何でそんなにあいつを…」

ああ、そういう事か。

「まぁ家族みたいなもんですからねー。それにこういうのって俺様の性だからしょうがないのよ。…大丈夫、家族愛だよ?」
「………。何が大丈夫なのか知らねえが」

「それにねぇー。旦那、本格的に病気になったの今回が初めてだから気弱になっちゃっててさ。出来るだけ側にいてやりたいのよねー」
「Ha!風邪如きで情けねぇ奴…。まぁ、とにかくそういう訳だから朝練はうちがグラウンド使うぜ、じゃあな猿」

「はいはーい」

オーバーな仕草で肩をすくめてから歩き出した伊達政宗の、その背中が少し小さくなってから小さく噴き出す。口に出してしまいたい衝動を抑えるのが大変だった。グラウンドの件がなければ確実に言ってしまっていた。

「一言も言ってないのに旦那が風邪だってよくわかったね…ぷくく、」




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