戦国BASARA

□後
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※政宗のターン









その一言で、体中の緊張が一気に解ける。




「あ。断った」




お祭り野郎が窓枠にへばりついたままつまらなそうに呟いた。その後ろ姿に当たり前だろと内心で投げる。あいつは女が苦手だし、第一そんな事にかまけてる暇なんてない。あいつは日々あいつの大好きなお館様の役に立つために必死なのだから。

「つまんないなー。幸ちゃんもせっかくなんだし試しに付き合ってみればいいのに」
「そんなタマじゃねーだろあいつは」

窓の方なんかチラとも見ずに、全く内容の入ってこない漫画のページをめくる。こうしていれば興味がないように装えるからだ。

「あんたといい幸ちゃんといい…。部活ばっかに魂燃やしてないでちったぁ恋愛の方でも青春すりゃあいいのに」
「生憎だが全く興味ねぇな」

「………フーン?」

目の前のお祭り野郎―…前田慶次の視線はまだ窓の外だ。多分今頃、今にも泣きそうな(または泣いてるかもしれない)女がテンションの低い幸村に背を向けて歩き出してる頃か。幸村はどうする事もできずにその場に突っ立っているだろう。

そんな想像をして、そしてその映像を頭からすぐにかき消した。苛々する。何で教室の窓から幸村が告白される現場なんかが見えるんだ、何で俺の視界に入るとこで告白なんざされてる、ああ、苛々する。不愉快なものを見せるんじゃねぇ。

「恋は良いよ、あったかくてさ」
「…ヘェ…」

嘘だな。それは嘘だ。

俺はできる事なら、一生こんな感情を知らずに生きていたかった。

こいつが言うようにあったかいだけならどんなにか良かったろう。

相手を想い、幸せを願えるような穏やかな感情だけもたらすものだったならどんなにか良かったろう。




「…ま、」
「Ah?」

「恋は曲者とも言うけどね」




―――――――――俺は。

この気持ちをあいつに伝えるつもりなんてない。負け戦だとわかりきっているからだ。

それに、毎日あいつと顔を合わせて喧嘩したりできるだけでも結構満足している。

幸い俺はあいつの中でライバルという、その他大勢よりは特別な位置にいる。俺に対して穏やかに笑いかけてくる事はないが適当な愛想笑いを向けられる事もない。鋭い眼差しはいつだって真剣だ。俺に負けまいと。

ただの仲良しなオトモダチなら得る事ができないであろう、強い感情。対抗心。負けず嫌いで勝負好きなあいつにはきっと心地良い感情のはずだ。

…それで良いじゃねぇか。

欲を出して一歩踏み出すような真似さえしなければ拒絶される事はない。

避けられる事も、無視される事も。

あいつだけにはそんな真似をされたくない。あいつだけには…絶対に。…そんなのは、家庭内だけで十分だ。

今の関係が良い。

甘い関係が始まる事はないがあいつとの関係が跡形もなく終わる事もない。…そもそも、始まるとも思えない。

今の関係で良い。

幸村に、嫌悪感を抱かれるくらいなら。

今の関係なら俺はきっと一生、あいつの中でライバルとして存在できる。普通よりは特別な位置にいられる。

だが、俺がそれを壊してしまったら、嫌悪感から忘れようと努力されるかもしれない。そしていずれあいつの中からすっかり消えてしまうかもしれない。

それだけは絶対に嫌だ

今の関係で良いんだ。

ずっとこのままで良い。

この気持ちを殺してでも、俺は今の関係を守り抜く。




…そう、思っていた。




心の底からそれが一番だと、そう思っていた。いや、思い込もうとしていたのかもしれない。

だがその決意はまだまだ中途半端なものだったと、数日後に思い知る事になる。

俺は考えていなかったのだ。…というよりも、考えつきもしなかった。まさかあいつが、




「そういえばさぁ、幸ちゃん彼女できたっぽいよ」




あいつが、誰かのものになるだなんて。

「…は?」

一瞬で何もかもが凍りついた。

思考も、体も。

聞き違いだとか音がよく拾えなかっただとか、そういう可能性に縋ろうとしてみるものの既に頭はしっかり言葉を捉えて理解していた。

「だから、幸ちゃんに彼女ができたっぽいよって」

お祭り野郎の笑顔に一発拳をお見舞いしてやりたかった。何を出鱈目な事言ってやがる。笑えねぇjokeだと。

「ほら、あれ見てみなよ」

だが、俺はその時見てしまったのだ。廊下を歩くあいつと、そして、その横を歩く長い髪をした女の姿を。

見えたのは女の後頭部と、気遣うように微笑むあいつの顔。




…何だよ、それ。見た事ねぇよあんたのそんな面。そんな表情もできんのかよ。知らねぇよ…




「俺あの二人が昨日一緒に帰ってるの見かけたんだけどその時も幸ちゃん一生懸命市ちゃんを笑わせようと頑張っててさぁ」

お祭り野郎がいらねぇ情報を勝手にペラペラ喋る。耳障りこの上ない。だがどういう訳か普段なら聞き流すそれが勝手に耳から頭に入ってくる。

見たくもねぇのに廊下を歩く二人から目が離せなくなる。




…へぇ、そうかい。あんたそういう女がタイプだったのかよ。

どんな風に告られたんだ?どんな面して話をしたんだよ。あんた苦手だろそういうの。なぁ、

そんなに良いのかよその女が

あんた武田のオッサンとか部活が一番大切で、それがあんたの全てだったじゃねぇか

俺がそういう、あんたの大切なものをネタに少しからかっただけで毛ぇ逆立てて怒ってただろ?

なぁ、何でいきなりあんたの隣にそんな女立たせてんだよ

武田のオッサンや部活と同じくらい大切なのか?それともそれ以上?

訳わかんねぇよ、何だよこれ。何でいきなりこんな事になんだよ。




俺はいつ、どうやって家に帰ったのかわからない。

とにかく小十朗から電話が入って初めて気が付いた。教室にいたハズの俺がいつの間にか自分の部屋にいて、ベッドに寝転がっていた事に。

通話ボタンを押すと、焦ったような小十朗の声が聞こえてきた。

『政宗様、今どこに?!』
「…いつの間にか家に帰ってきちまったらしい」

『…え?』
「悪い、今日は…適当に、部活やってくれ」

『政宗様、部活は…先程終わりました』
「…は?」

時計を見る。

八時。

窓の外は真っ暗だ。

「…な、何だこりゃ」

さっきまで俺は学校にいたハズで、しかも昼飯前だったハズ。

『政宗様…大丈夫ですか、一体いかがされたのです』
「いや、大丈夫だ。何ともねぇ。ちょっと寝ぼけてるみてぇだ」

『しかし、』
「心配すんな、明日は部活行くからよ」

無理に通話を切ると、着信履歴が凄い事になっていた。三桁に届きそうな勢いの不在着信は見事なまでに小十朗一色。

何十回とかかってきていたらしい電話に、しかし気が付いたのはついさっき。

俺は寝ていたのか?

…いや、寝ちゃいねぇ。…ずっと考えていた。幸村の事、その隣を歩いていた女の事。つまり電話に気が付かない程考え事に集中していたらしい。




嗚呼。




俺は何もわかってなかった。

俺は、幸村の中でずっとライバルとして存在できれば良いと思っていたが、それはあくまで幸村が誰のものでもない事が大前提としてなければならなかったのだ。

何て事だ、気持ちを殺すだの何だの考えていたが俺はしっかり幸村に対してドロドロした独占欲を持っていたらしい。現に俺は今、自分の所有物を無断で持ち去られたような気分になっている。

―――――――――幸村は。

俺が知る幸村は、色恋の話になるとすぐ破廉恥だ何だと顔を真っ赤にして、まるでそういう事事態がイケナイ事とでも認識しているようだった。白昼堂々、恋人同士の奴らが人目もはばからず手など繋ごうものなら露出狂でも見るような目で見ていたし。

あいつの中で勉強や部活を本分としなければならない学生生活の中で恋愛なんぞに現を抜かす事は、親や教師に対する許し難い怠慢なのだとすら思っているのだと、そう思っていた。

だいたい、そんな古臭い考えを持つ幸村だが結局は女事態が苦手で近寄りたがらないのを俺は知っていた。

だからきっとこれからも、あいつは女から告られても振り続けるだろうし恋愛だって興味はあるだろうが実際自分からしようなんて思わないだろうと。少なくとも神のように崇める武田のオッサンが側にいる高校生活中は誰かと付き合うなんて絶対に起こり得ない事だと思っていた。

どうせ三十路近くになって心配になった親が無理矢理見合いの席でも設けない限り、あいつが本格的に誰かと恋仲になろうなどとは思いもしないだろうと。

こんな事、もっとずっと遠い未来の話だと思っていたのに。




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