戦国BASARA

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■お兄ちゃん、早退するの巻




その日、政宗は兄以外の全てを呪った。

今日も朝から愛しの兄、幸村は可愛らしく、その上頬を赤らめながらもじもじとする様は最早犯罪レベルとさえ思えた。

可愛くて可愛くてどうしようもなくなった政宗が辛抱たまらず抱き付こうとして、それはできなかった。

その瞬間、政宗は兄以外の全てを呪わなくてはならなくなったからだ。

覚悟がなかったわけではない。…ほぼ、なかっただけで。(だからこそ自分で考えた、マニュアル通りの受け答えができたわけなのだ)

それは、人間必ずしもいつか死ぬので自分もいつかは死ぬのだろうと、それくらい漠然とした思いだった。

それまでにはどうにかするつもりでいたし、まさかこんなに早くこの瞬間が来るとは思いもしなかった。

政宗は兄以外の全てを呪った。

せめて弁当をこさえた後で良かったと思う。

もしも前だったなら作れなかったかもしれない。




政宗は自分の部屋に引きこもり、呪いに呪った。




世界の中心は今、政宗の部屋のベッドであった。




***




その日、幸村はなかなかにがっかりしていた。

今日も愛しい弟は辛いだろうに、早起きをして弁当を作ってくれていた。

最近買い食いをしたり親友からまで弁当をもらっているのがバレてずっしりと量が増えたソレ。嬉しいような、申し訳ないような、くすぐったい気持ちでそれを受け取る。

健気で可愛らしい弟。これ以上できた弟がこの地球上にいるだろうか。

幸村は政宗を世界一の弟と信じて止まない。




ただ、そんな弟にその日だけはがっかりしてしまった。




もう少しこう、何かあるのではと期待したが、そんなものは全くなく、いつも通りすぎる弟についついありがとうござりまする、などと言ってしまった。本当はありがとうなどと言う予定などなかったというのに。




***




その日、元親は落胆していた。

とびきりの一日にしようと一週間も前から準備していたというのにそれが全てオジャンになってしまったからだ。

ふてくされたように机の上で頬杖をつき、今教室にいない人物を思った。




***




その日、佐助は驚いていた。

「えっ?マジ?」

昼休みの事である。

いつものように幼なじみの幸村と、本日は屋上にて弁当を囲んでいた佐助は、自分の授けた作戦はどうであったかと聞いていたのだ。

「…ああ。良かったなと笑顔で言われた。それだけだ。…ほぼ、反応がなかったというか、聞き流されたというか…。普通だった」

幸村の言葉に佐助は考える。

あの弟が?

有り得ない。

これは…むしろ、反応しなかったのではなく反応できなかった、ではないのか。その方がしっくりくる。

…だとすると。

「あちゃぁ…いやーな予感」
「む?」

大きめにカットされたカツをくちにくわえながら首を傾げる幸村に、佐助は恐る恐る聞いてみる。

「ねぇ、ちゃんとネタバラシはしてきた?」

幸村は口の中のものをよく噛んでから飲み込む。ちなみにカツは分厚い豚ロースでできたカツではなく、薄い豚肉をミルフィーユのように重ね、厚みを出してカツにしたもので、春らしく肉の間には梅肉と紫蘇を叩いたものが塗り込まれている。

「いや…。あまりにも普通の反応だったので俺も思わず礼を言って終わりにしてしまった」
「エッ。」

佐助は嫌な予感が強まるのを感じた。

「ねぇ…。ちなみに今まー君どうしてんの」
「今頃は学校だろう。俺の方が先に出てしまったが別段朝体調不良などは見られなかったし」

ああ、駄目だ嫌な予感がMAXだ、と佐助は呟いて、卵焼きに箸を伸ばす幸村に真面目な視線を向けた。

「旦那、ネタバラシしなよ今すぐ」
「何故だ」

幸村は佐助の真剣な顔に思わず箸で挟んだ卵焼きを弁当箱に戻してしまう。

「別に帰ってからでも良かろう。どうせ政宗殿には特に何事でもないような些細な事であるし。むしろ、ネタバラシなどしなくても支障あるまい」
「いやいやいやいや、しよ?今すぐしよ?旦那だって嘘吐いたまま過ごすのは何か気持ち悪いでしょ?ねっ?」

「むう…」

何故か力強い佐助の押しに幸村はしぶしぶ携帯を取り出す。待ち受けは弟がドヤ顔でキメている画像である。(如何せん見た目が良いのでバッチリキマッてしまっている)




佐助は携帯を開き、ポチポチとメールを打ち出す幸村に息を吐き出した。










幸村に彼女ができた。









四月一日限定の美しき恋人である。

…とどのつまり、架空の彼女なわけだが、何故幸村にそんな彼女ができたかと言うと、キューピット佐助の働きのおかげである。

幸村は四月一日になると政宗を騙そうと、嘘を吐くのに躍起になっているのだが如何せん幸村なので、政宗はすぐに見破ってしまうのであった。

二連敗。

三度目こそは、と燃える幸村だったが良い嘘が思いつかず、佐助に相談したところ、この架空の彼女を紹介されたのだ。

正直なところ佐助としては悪気がなかったわけではない。一瞬でもあの小憎たらしい幸村の弟があの隻眼をひんむけば良いと思っていた。

幸村にベッタリなあの弟の事、すぐ見破られてしまうだろうが一瞬くらい何らかのダメージを与えられるに違いない。

内心、ザマミロ。などと言いながら意地悪な笑みを浮かべていた佐助だったが、それもついさっきまでの話だ。

どうやら自分の紹介した彼女は予想以上に政宗にダメージを与えたらしい。

佐助はノーリアクションだったという政宗に不覚にも罪悪感を覚えてしまう。

別に佐助とて政宗の事を好きではないが憎いわけではない。ちょっとしたイタズラ心はあったが不幸になってほしいわけではないのだ。

「おお、」

メールを打ち終わった幸村が携帯をパタリと閉じて先ほど弁当箱に戻してしまった卵焼きに箸を伸ばした時だった。実に幸村らしくないヘビメタ風な着信音がけたたましく鳴り響く。

「嫌な予感、的中してたみたいね」

誰から、と聞かずともこのタイミングといかにもあの弟が好きそうな着信音でわかってしまう。

この余裕の無さの欠片もない反応を見るとやはりあの弟は間に受けていたらしい。四月一日にこんなわかりやすい嘘もないと思うがあの弟からすると、兄からの言葉が衝撃的すぎて冷静に考える余裕すらなかったというところだろう。

「もしもし?政宗殿いかがなされたか」

通話ボタンを押した幸村がいつもの調子でそう返すと、向こう側からぼそりと、何か小さな声がした。

「…政宗殿?申し訳ござらんが今少しはっきりお願いいたす…」

少しでもはっきり声を拾おうとして携帯を耳に強く当てれば、今度は聞き取れる音量で政宗の言葉が届いた。




『今すぐ、帰って来いよ幸村』




幸村は一瞬キョトンとしてから聞き返してみる。

「政宗殿は今どこにおられるのですか」
『家』

「家!?」
『頭とか腹とか…心臓とか、とにかくいろいろ痛くて学校休んだ』

「何ですと?!」

政宗の言葉に幸村は青くなる。自分が見た限り、政宗はいつも通りだったのに、と。

『痛くて痛くて堪らねえんだ…幸村、助けてくれよ』
「ままま政宗殿お!!わかり申した!!某今すぐに早退致す故しばし待たれよ!!あっ、救急車は!?」

『No!!俺に今すぐ必要なのは幸村のいつものまじないなんだ!!だから、はやく、帰って来い!!』
「承知いたした!!」

政宗の方の声は聞こえなかったものの、幸村の方の声や様子だけで何となく全てを察してしまった佐助は、通話を切って携帯を素早くポケットにしまう幸村に帰るの?と呆れたように聞いてみた。

「ああ、はやく俺が帰らないと政宗殿が死んでしまう!」
「いや死ぬって」

食べかけの弁当をわたわたと片付けながら幸村が応えた。

「政宗殿は時々精神的なストレスからくる体の不調を訴えてくる事があってな、治せるのは俺だけなのだ」
「旦那が?…どうやって」

嫌な予感がしたものの更に続きを促せばほとんど中身入りの弁当をバッグにしまい込み、立ち上がった幸村がそれはそれは誇らしげに、キリリと顔を引き締めた。

「政宗殿を抱きしめて頭や背中を撫でてやりながら大好きだと言って差し上げるのだ!」

政宗殿が満足するまで!

と言った幸村に佐助は危うく地面と仲良くなりそうだったのを必死にこらえた。

「…こんな事を言っては不謹慎だが、そんな時の政宗殿は甘えん坊でとても可愛らしいのだ」

猫好きな人とかが自分の飼っている猫自慢をする時、こんな顔するよな。と佐助は思った。

「と、そういうわけだ佐助。俺は帰る!!」
「止めても無駄なんでしょうねぇ〜」

「無論だ!苦しむ政宗殿をいつまでも放置できるわけがないっ!ただでさえ朝に気がつくべきであったというのに!!」

この幸村、一生の不覚!!

とか悔しがる幸村に、佐助は一応言うべきかと思い言ってやる事にする。

「ねー旦那、一応言っとくけど今日は四月一日ですよ」
「何を当たり前の事を!そんな事わかっている!!」

佐助の言わんとしている事は幸村に伝わらなかったらしい。佐助も期待はしていなかったが。

「じゃあね〜また明日〜」
「ああ、すまんな佐助!」

全力で走り去って行く幸村に佐助は苦笑いした。

「そんなだから毎年負けちゃうんだよ」

佐助が知る限り、幸村は政宗と出会ってから毎年四月二日になるといじけたように唇を尖らせている。

…それは勿論、自分の嘘がすぐに見破られた上、更に政宗から一本とられていたと知るからだ。何と意地悪な事か政宗は嘘を吐いても次の日、つまりは二日になるまでネタバラシをしない。朝食の時などにさり気なくネタバラシをするのだ。ドヤ顔などはせずあくまでもさり気なく。

政宗に無二の信頼を置いている上元々素直すぎる性格の幸村は、政宗の嘘にコロリと騙されてしまう。騙されなかったといえば出会った当初、政宗の嘘の笑顔くらいだろう。

「ま、今年は引き分けですかねー」

中断されてしまった昼食を再開しながら佐助は一人、空に向かって呟いた。




おわり

+++

(^^)今年のエイプリルフールは日曜日だけどお話の都合上平日設定にいたしました

そして今年のまー君は二日になっても多分ネタバラシしない




12.04.01

Happy Aprilfool!!
 

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