クリスマス
□貴文と過ごす。
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店内で。
なぜか、てっぺんに星がない巨大なツリーを少女が見上げていると。
「ああ、待っていました」
タキシード姿の貴文が現れた。
長い足。
整った顔。
緑の瞳。
「会いたかったですよ。僕のお姫さま」
にこりと微笑まれながら言われれば、少女は頬を染めるしかなかった。
珪や勝己とはまた違う種の直球。
ホストだから、そんな言葉がすらすらと生まれるのかもしれないが。
「おや、頬が桜色ですよ。可愛いですね。ドレスとあいまって、さらに素敵です」
いつでも少女はうつむいてしまうのだ。
「・・・・・・」
そんな少女をしばらく見つめていた貴文は。
「それでは行きましょうか」
少女の手をとって歩きだした。
巨大なツリーを後にして。
イルミネーションで飾られた店内を抜けて。
「ここです」
案内された場所はVIPルームだった。
ホスト自身が自分の大切な客のために使う予約制の個室。
個室と言っても大きさは軽く三十畳ほど。
そこに店内より大きめなソファとテーブル。
バーカウンターも完備されている。
現在はクリスマスシーズンということもあって、部屋のすみにイルミネーションのない落ちついたデザインのツリーが飾られていた。
初めてそこに通された少女は驚いたように、その部屋を見渡していた。
どうして自分がここに?
そんなことを考えているだろう少女の表情を見て。
貴文がふふ、と笑った。
「見ていてください」
貴文は少女を部屋の中央に立たせると一人、扉のすぐそばにある照明のスイッチを切った。
スイッチを押した乾いた音と同時に、部屋が暗闇になる。
少女はわけもなく不安になって、ちいさな声で貴文をよんだ。
「はい」
いつのまに少女のそばにいたのか。
「どうしましたか?」
言いながら貴文は少女を後ろから抱きしめた。
少女の体がゆれる。
また、貴文が笑った。
「震えないでください。君を泣かせるつもりはないんだよ?ほら、見て・・」
若王子が後ろから少女の頬に指をあてた。
そのまま上向かせる。
その動きのままに少女が視線をあげると。
少女の真上。
天井が一点だけ光っていた。
ちかり、ちかりと。
それはずいぶんと頼りない光だった。
ふけば消えてしまいそう、と少女がつぶやくと。
その一点がひろがった。
まるで輪をつくるように、ゆっくりと大きくなっていく。
大きくなって。
天井のすべてをおおいつくして。
それは壁を。
床を。
じんわりと染めていく。
最後に少女の足元まで染め上げたとき。
少女は息をすることを忘れていた。
自分をとりかこむ、光。
天井、壁、床。
すべてが最初に見た一点の光に満ちていた。
今や無数にきらめくその光は、照明がなくても自分のドレスが見えるほど明るい。
「特別な塗料なんです」
後ろから抱きしめたまま、貴文が言う。
「君を思って作ったんですよ?」
え、と少女が貴文を見ようとすると。
「だめです」
す、と長い指でふりかえろうとする少女の顔をやんわりと止めた。
貴文は少女の体をもっと抱きしめた。
「・・君は僕と話しているとうつむきますね。視線をそらす」
耳元で言われる。
「これならいいでしょう? 近くにいても、頬を染めても、誰も見ていません。僕からだって見えない」
だから今夜はこの部屋を予約したんです、と貴文がつづけた。
「僕は思っていることを口にしているだけだけど、君にはとても困る言葉のようです・・」
その時の声。
かなしそうな。
せつなそうな。
少女はぐるりと体を返すと、貴文に抱きついた。
「・・ッ」
今度は貴文の体が揺れる。
少女は言った。
困るけど・・困りません、と。
好きだから心臓が揺れて、どうしようもなくなってしまうんです、と。
「本当ですか・・?」
少女が頷く。
「―そうですか」
ほっとしたような貴文の声。
「だったら、これを受け取ってください」
貴文が微笑みながら少女を見た。
パチン、と指をならす。
すると。
天井から光るものが無数に舞い降りてきた。
雪。
けれど、ただの雪ではなかった。
それまで天井で輝いていたものが淡く光りながら、ふわりふわりと落ちてくる。
手のひらでうけると、きちんした雪の結晶の形をしていた。
吐息をもらしながら少女が天井を見上げる。
いや、もう天井ではなかったかもしれない。
その部屋は真っ暗で。
けれど不思議な塗料であわく光っていて。
四方を壁に囲まれているという意識はもう少女のなかになかった。
ただ光る雪の中に立っている感覚。
「気に入ってもらえましたか?」
少女がうれしそうに頷いて。
貴文はあらためて少女をだきしめた。
正面から。
もう顔をそむけない少女の顔を見ながら。
「メリークリスマス」
貴文が言った。
二人を包む―
はじめての、あたたかい雪。
→fin←
支配人の益田です。
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