正月
□昼食
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益田義人がClubGSに招かれたのはクリスマスのこと。
前支配人からぜひにと後任をまかされたわけだが。
「はい、どうぞ」
事務所の一番おおきな机に手作りのおせち料理を広げる義人の様子に不安、焦りといった感情は見当たらなかった。
むしろ急な展開に楽しんでいるようで。
ふだんなら重箱三段ですませるところを、今年は五段重ねの正式な料理。
量も、見た目も、珪たちホストに好評だった。
もちろん味まで絶品で。
「よしよし、餌づけ完了っと」
義人は休憩時間を終えていく仲間達の後姿を見ながら笑っていた。
「義人」
「んん?」
「お前、店は大丈夫か」
義人に声をかけたのは零一だった。
零一はすでに仕事をはじめていた。
さきほどまで昼食につかっていた大きな机の上で書類を広げている。
かたわらにはパソコン。
カタカタと指先で規則的な音を奏でながら義人を見ていた。
「大丈夫って?店の経営は零一が今みたいにやってくれてるからな。平気だけど?」
支配人が変わった時点で頭脳面は零一が担当している。
別に義人が数字に弱いからという理由ではない。
「違う。カンタループのほうだ」
零一が言った。
カンタループ。
義人の店。
本来ならホストクラブなど面倒みている立場ではない。
だからこそ。
零一は義人の負担が減るように仕事を手伝っていた。
「平気、平気。俺はイベントの時しか来ないしな」
ハロウィン。
クリスマス。
正月。
バレンタイン。
「あ。エイプリルフールも楽しそうだな」
わくわくした顔で真っ白なカレンダーをめくる義人を見て。
零一がちいさく吐息をもらす。
それを義人は聞き逃さなかった。
振り返るとにやりと笑った。
「お前はさ。俺の店ばかりが心配じゃないよな」
「どういう意味だ」
手を休めないまま零一が聞く。
「あの子に俺が手を出すかもしれないって思ってるだろ」
カタ、リ。
キーボードを打っていた零一の指がとまる。
視線は義人をとらえたまま。
「―そんなことはない」
「ウ、ソ、だね。あのコが俺と会った後のお前、顔が怖いもん」
店で。
少女はなぜか事務所に迷い込むことがある。
そこには必ず義人がいて。
支配人の彼は店内の零一の前まで少女をエスコートしていくのだ。
そんなことがもう2回。
「あの時のお前の目ったら氷?もう極寒だよ、まったく」
店以外では義人の良き親友である零一も。
愛する少女がからめば氷のようにもなる。
しかも。
まだ義人が支配人になる前。
初めて少女を見た義人は、
『なんだそのド美女はっ』
『すごい綺麗』
『ビューティホー』
『ていうか芸術?』
などとつづけ。
しまいには、
『こんな子に会えるんなら俺もホストになろうかな』
と言った経緯があるのだ。
あの時は零一が「彼女に手を出したら、潰す」と言い切り。
義人も「冗談だ」と言ったのだが。
「恋は魔物だろう?」
逆に零一が義人に聞いた。
「彼女を目の前にして何も思わないわけがない」
「たしかにな。あれだけのド美女だし、グラりとくることもあるよ」
でもな、と義人はつづけた。
「俺はお前のものには手を出さない。絶対にだ」
どんなに惹かれたとしても。
「俺はお前を裏切らない」
普段のゆるい雰囲気がぬけた義人の顔、瞳。
支配人にふさわしい風格がにじみだしていた。
大人の、男。
ふ、と零一が微笑む。
「…これか」
「なんだよ」
少女が義人の前に迷いこんでしまうわけ。
零一と義人は親友で。
お互いを裏切らないと魂に誓っていて。
だからこそ。
零一の近くに居る義人は、何度でも今の顔になるのだろう。
少女は蝶で。
義人は華で。
蝶が華に誘われるのは道理。
「…フ」
零一がまた浅く笑った。
「零一?」
だが義人には微笑の理由がわからないまま。
「お前ってたまに不可解だな〜」
いつのまにか。
のんびりとした声にもどっていた義人。
「まあ、そこが面白いんだけどな」
零一と一緒に笑った。
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