節分

□突然の雪にて
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今夜は2月3日で。


節分の日で。


聞き慣れたこの行事ですることは誰もが知っているはず。


歳の数だけ豆を食べる。
邪気祓いのために豆をまく。


もちろん、クラブGSでもイベントとして豆を用意していた。


無農薬・無肥料の最高級大豆。


「う〜ん。無駄になっちゃうかもね」


せっかく用意したのになぁ、と義人はそれぞれのテーブルの上に置かれている四角い木の入れ物を見た。


それはひのきで作られた枡で。
中には真珠のように丸々とした大豆が品よく盛られていた。


「お客様に喜んでもらいたかったけど―」


義人の瞳が自然とエントランスに向けられる。


その時。


タイミングよく、入り口の扉が開いた。


「遅れてすんませんッ!」


そこから飛びこむように入ってきたのは―。


濃紫の髪。
琥珀の瞳。
色黒の肌。


つい最近、店に入った新人の姿。


「まどかくん、遅刻だよ〜」


義人が片目をつぶりながらニヤリと笑った。


開店の時間はまだまだなのだが、新人はまず最初にトレーニングとしてボーイにならなくてはならない。


当然ホストより出勤時間が早く、帰りも遅いわけだが。


「ちゃんとボーイの仕事ができないならクビだからね〜」


そういうこと。


ホストは客に夢を見せるのが仕事。


けれどホストの手足であるボーイ達の仕事内容もわからいようでは「そんな大役はまかせられるわけないでしょ」というのが義人の考えなのだ。


下の気持ちを汲んで。
客の気持ちを読んで。


そうでなければ接客は成り立たない。


「わかってるよね。遅刻したら日給50%オフ」


義人がぴ、と人差し指をたてながら言うと。


「・・ハイ」


義人の前で立ち止まったまどかが反省したように肩をさげた。


「ほんま、すんませんでした・・」


丁寧に頭をさげると。


ぽたりと濃紫の髪からしずくが落ちた。


よく見れば。


スーツの上に着ていた黒いコートにはちらほらと白いものがついている。


ふ、と義人が笑った。


「こんな雪の日までバイク?」


「え」


まどかが顔をあげた。


そこには。


『な、なんでわかったんや?』


という思いが、そのまま出ている。


「フフ」


もっと義人が笑った。


「まどかくんの姿を見ればわかるって」


コートの正面にだけ雪。


「飛ばしてきたんでしょ?」


「・・・・」


こくりとまどかが頷く。


免許をとったばかりのまどかの移動手段はもっぱらバイクで。


ホストの制服であるスーツの上、ラフに羽織ったようなロングコート。


そのすそがバイクのエンジン音と共に風でひるがえる様を、もう何度も店前で見ている義人である。


「まどかくんのことだから天気予報を見てなかったんだろうけど。危ないよ?」


義人が濡れているまどかの頬を指の背で拭いた。


「キレイな顔なんだからさ」


「今度から気をつけますよって―」


ほんまに、と頭を下げる。


「いいよ、別に。無事に着いたんだからヨシとしちゃおう。ついでに日給もそのままでいいよ」


「えッ!?」


「天気予報ではたしかに雪だったけど、こんなに降るなんて言ってなかったよ。これはもう予測不可。道だって渋滞してたってわかってるし」


そこまで言って、ハァと義人が吐息をついた。


ボーイより、誰よりも早く店に着く義人の心配事はそれだった。


「今夜は誰も来なそうな予感…」


客も。
ホストも。
なにもかも。


道はバイクまで巻き込む渋滞で。
バスも電車も止まるような大雪。


義人自身も帰れるかどうかわからない。


「ま!でも仕方ないしね。まどかくんはとりあえず着替えてきなよ」


気をとりなおして義人は新人の肩をたたいた。


「裏に誰かしらの服があるはずだから適当に着ちゃっていいから」


頷きながらバックに向かうまどかに手を振って。


「仕方ないけど、この豆はどうしたら・・・う〜ん」


義人は小首をかしげながら腕を組んだ。


パウチしておいて後日、客に渡すか。


「それだとなんだか残り物みたいだしなぁ・・」


いっそ捨てるか。


「いや、農家の皆さんに失礼だし・・」


もうこれはカンタループに持ち帰り、つまみにでもするか。


そんなことを考えていた時だった。


「義人さん」


呼ばれた。


まどかだった。


まだ着替えていない様子。


「ん?なに?」


「豆まきしたらええやないですか」


「へ?」


「義人さんと俺でやりませんか」


「二人で・・?」


にっ、とまどかが楽しそうに笑う。


「ハイ。なんや豆がもったないし。今日は節分なんやから店のためにもきちんと豆まかんと」


そういえば。


節分は邪気をはらうもの。


「そっか〜、そうだよねぇ」


義人はうん、と頷いた。


「よし!今夜はまどかくんと二人で豆まきに決定!鬼なんか退治しちゃうぞ〜!」


拳をあげながら義人が大きな声で言うと。


「ハイ!」


まどかがにっこりと笑って応えた。


「なら、俺着替えてきますわ」


笑顔のまま、くるりと体を反転させて奥に消えていくまどかの姿を見ながら。


「・・あれはもうすぐにでもナンバーに入れないとブーイングかな〜」


つぶやいた。


面接の時から思っていたことだが、まどかはとにかく雰囲気がある。


立っているだけ。
話しているだけ。


その場にいるだけで目を引く。


凄みといえば勝己と同種だが、華の要素は葉月に近いと思う。


だからそんな彼がバイクにまたがる姿や。
ゆっくりとヘルメットを外すところ。
さらりと髪をかきあげる動き。


見てしまったらもう最後。
気になって仕方がなくなってしまう。


「それにもう―」


目撃してしまった客はもう幾人もいるのだ。
帰り際にまどかを指名できないかと聞かれることは日常茶飯事になりつつある。


「まどかくんは・・」


整った顔で。
雰囲気があって。
なじみやすい性格。
笑顔。


「なんだかすごい大型新人が来たなあ」


近くのテーブルにあった豆をつまみながら義人が笑う。


口の中。
香ばしい味が広がっていた。



→fin←


支配人の益田です。
楽しんでいただけたでしょうか。

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