バレンタイン

□貴文と過ごす。
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「いらっしゃいませ」


いつもどおりの穏やかな笑顔で。


「君にとても会いたかったですよ」


いつもどおりの甘い言葉で。


「さあ、こっちに来て」


貴文が手をのばす。


今夜はバレンタイン。


店内の照明はすべてキャンドルにかわっていた。


ゆらゆらと浮かび上がる、いくつもの光。


それが店内を飾り、独特な暗さと雰囲気を演出していた。


「はい、どうぞ」


席につけば、テーブルの上に真紅の箱。


チョコレート色のリボンで飾られたそれは「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」と書かれている。


世界のグルメを魅了するパリの超高級ショコラブランド。


「バレンタインだからね」


貴文が笑う。


その笑顔につられて、少女はバッグから包みを出そうとした。


さすがにメゾン・デュ・ショコラとはいかないが、真剣に選んだチョコレート。


客として。


好きな相手に対して。


2月14日に渡したい。


けれど貴文は首を振った。


「だめですよ。支配人から聞いていたでしょう?」


貴文の言葉に。


はい…、と少女が小さく肩をおとす。


正月のイベントの日に義人から言われたのは、


『バレンタインの日にチョコレートは必要ありません。ホスト達があなたに贈ります』


ということ。


たしかに海外でのバレンタインは「愛を誓う日」であり。


必ずしも日本のように女性からチョコレートを贈る日ではない。


でも。


好きだから渡したかったんです…、と少女がつづけると。


貴文がすこし瞳を開いて少女を見つめた。


じぃ、と。


翡翠色の瞳で。


その時間があまりにも長かったせいで、少女はうつむいてしまった。


そして聞こえたのは。


「・・ふぅ」


貴文のため息。


少女の顔がくもる。


うつむいたままの顔には、こう書いてあるようだった。


―貴文に嫌われてしまった。


支配人の言葉に従わずチョコを用意してきたことを後悔しているのだろう。


少女がぎゅ、と目をつぶったときだった。


「君は・・また誤解していますね?」


貴文がそっと少女の両頬にふれた。


「僕を見て」


少女は言われるまま。


貴文の手のひらに導かれるままに顔をあげた。


そこにあったのは。


貴文の微笑んだ顔。


え、と少女が驚く。


「ため息は降参、という意味です」


降参。


少女がわからないというように貴文を見ると。


「君は僕の刻んだ気持ちをすぐに元通りにしようとするから」


貴文が言った。


少女に恋している気持ち。


少女を愛している気持ち。


「そのすべてをぶつけたら、君は壊れてしまうでしょう?」


少女は首をふったが。


「君は僕の真実を知らない」


貴文が少女を見つめる。


「この体の中にある気持ち、熱」


揺れもしない瞳で。


「僕が今、君をどうしたいか―」


少女の頬を包んでいた手のひらがぴくりと揺れて。


指先に力がこもりかけて。


貴文は目をつぶった。


静かに。


とても静かに。


ずいぶん長い時間を黙ったままで。


そして、やっと。


「…全部、バラバラにすれば大丈夫」


目をあけた。


「僕は君がとても大切だから傷つけたくないんです。だからそのために気持ちを刻むんです」


刻んでしまえば少女にぶつけてしまうこともない。


泣かせることもない。


それが貴文の想い方。


でもね、と貴文が微笑んだ。


「刻むからといって減るわけではないんですよ。密度は濃くなるんです」


欲しい気持ち。


愛おしい気持ち。


それらは少女を思うたびにあふれてきて。


「とてもとても濃くなっていくんです」


だからね、と。


貴文が少女の額をやさしく撫でた。


「君を愛しいと思うときは、本当に愛しい」


幸せにしたくて。


やさしくしたくて。


「触れたいと思うときは、本当に触れたい」


抱きしめたくて。


無理やりでも犯したくて。


それ以外の気持ちが起こらないくらい。


「僕は君が好きです」


君は?、とは聞かなかった。


そのかわりに。


貴文がゆっくりと少女のくちびるにキスする。


「君は僕のように気持ちを刻まないで? 僕は君の狂気だって喜んで受けることができるから」


そう告げて。


もう一度、キスをした。



→fin←


貴文はいかがでしたか。
彼に貴女さまのすべてを預けてみるのもいいかもしれませんね。
またのご来店、お待ちしております。

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