バレンタイン

□新人を指名する。
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「ほんま、おおきに」


ソファに座ったとたん、言われた。


少女がすこし驚いて相手を見ると。


漆黒のスーツ姿のまどかが笑っていた。


瞳を三日月のように丸くして。


にっこりと口の端をあげて。


「自分が初指名してくれるなんてラッキーだったわ」


ありがとう。


言葉じりを上げながら、もっと笑う。


「本当にうれしいんや」


初指名ということ。


少女が相手だということ。


「この前までボーイだったやろ? だから誰も相手にしてくれへんかも、なんて心配してたんや」


しかも今日はバレンタインだしな、とまどかが肩をすくめた。


たしかに。


貴文。
珪。
勝己。
零一。


ナンバーを持つ彼らに魅了された客は多く。


イベントである今夜は、店自体がざわめいているようだった。


ホストを想う客たちの熱。


ホストを追う客たちの瞳。


どれも本気で。


熱くて。


「正直、驚いてん…」


たかがホストに本物の恋心を抱くなんて。


相手は「接客」としてあつかっているだけなのに。


「自分だってわからんわけやないやろ?」


まどかが少女の顔をのぞきこむ。


濃紫の髪に間から見える、琥珀の瞳。


それが射抜くように少女を見つめる。


「べつに悪いて言ってるわけやないんやで…ただ」


まどかの瞳の色が濃くなる。


「あんな人数の気持ちを受け止められるんかなって思う」


数多の客。


数多の心。


「全部、受け止めたら……本当に大切なもんが心に入れないんちゃうかな」


偽物でも体積があるように。


際限なく詰めていけば隙間さえなくなる。


「それって…どうなんやろ」


まどかは少女を通り越して、店内を見渡した。


見えるナンバー達の姿。


どれも真実に相手を想っているような接客。


「…………」


まどかの眉が自然と険しくなりかけた時。


ふふ、とちいさく笑う声が聞こえた。


少女だった。


「…どうしたん?」


まどかが聞くと。


違うよ、と少女が言った。


「違う?」


みんなはもう好きな人がいるんだよ、とつづける。


「え…」


まどかが瞳をしばたいた。


「ほんまに…?」


少女が頷く。


「…………」


まどかは黙りこんだ。


そして考える。


数多の客の気持ちを受け止める前に、もう唯一の存在がいたとしたら。


それを心に入れていたなら。


「…平気、かもしれんな…」


自分が守るものがはっきりと見える。


大切にできる。


だからこそ。


ホストとして他の客にもやさしくできるのかもしれない。


「そういうことやったんか…」


少女を見ると。


同意するように笑っていた。


まどかはそんな相手をしげしげと見つめた。


「自分は…なんで店に来てん?」


目当てのホストがいるようでもなく。


それなのに、ナンバー達の心の動きがわかるほどに通っている様子。


考え込んでいると。


まどかくんが入店するのを待っていたの、と少女が言った。


「…俺?」


支配人の義人が見せてくれたホスト候補のリスト。


それにまどかの写真があったのだ。


その時点で、少女はまどかに惹かれ。


楽しみにしていた、とわずかに頬を染めた。


「…おおきに…」


礼を言った、まどかの瞳が見開かれていた。


そして瞳の色も。


琥珀の黄褐色がもっとうすく、うすくなって。


さきほどの思いつめたようなものではなかった。


ふいに宿った、やさしい色彩。


やさしい―


いや、違うかもしれない。


やさしい、と。


せつない、と。


くるしい、と。


そんなものが混じった色。


それは恋のはじまりの色で。


甘いミルクをたっぷりと入れたチョコレートのような。


「自分、これからも俺のこと指名してくれるか?」


はい…、と少女がうなずいた。


それを見て。


「だったら俺をもろうてほしい」


まどかの言葉に、今度は少女が驚いた。


「今夜は俺自身がチョコになる」


既製品ではない。


心が入っている、生身の贈り物。


「ただし自分だけや」


贈るのは少女にだけ。


ただ一人だけ。


恋をしたから。


少女に惹かれてしまったから。


「心は自分にやる」


まどかが、初めて少女の手に触れた。


壊れ物をあつかうように、ゆっくりと触れて。


とまって。


包んで。


「好きや」


はっきりと告げた。


見習いホストの心に、唯一が生まれた瞬間―。



→fin←


新人のまどかはいかがでしたか?
これからの成長が楽しみな逸材かと思われます。
またのご来店、お待ちしております。

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