クリスマス

□道に迷う
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今日の少女は遅れて店についた。


早くホストの彼に会いたい一心で小走り。


その拍子に、ゆるんでいたらしいピアスが落ちて。


転がって。


探しているうちに、また迷ってしまった。


どうしよう、と。


少女の小さなつぶやきが廊下に響く。


前回は。


支配人の義人がちかくの部屋にいて助かったのだが。


少女は耳をすませた。


また、いないだろうか。


そんな思いで音を聞く。


その時。


かすかにだが話し声が聞こえた。


音のほうに近づく。


どうやら、一番奥の部屋らしい。


少女は歩を進めた。


目の前にある、深いチョコレート色をした木製のドア。


閉め忘れたのか、明るい光と共にもれる声は華やかな低音だった。


義人の声。


少女がほっとしたように息をつく。


それが聞こえたのか。


『ちょっと待って』


義人がドアを開けた。


そして。


「あ」


少女の姿を見つけて、わずかに瞳を開いた。


「どうしたの?」


左手で持っている携帯の送話口をスーツの右肩に押さえながら体を傾げる。


「迷った?」


目線を少女と同じ位置に合わせて聞いてくる。


少女がうなずくと、義人が笑った。


「わかった。送るから部屋で待っててくれる?」


初めて入る部屋だった。


店内の内装と同じような、アンティークを基調とした色に家具。


広い空間だったが、そこが客をもてなす場所でないことは明らかだった。


2台のパソコンに、整理された書類棚。


机上にはなにかのグラフを印刷したものや、万年筆、計算機が無造作に置かれている。


事務所。


ここで店の運営をしているのだろう。


「うん、そう、急用。いや、かなり急用」


笑いを交えながら義人は電話口の相手と話している。


友人か、取引先かはわからなかった。


ただ。


相手が通話を切りたくなさそうだとは少女にもわかった。


それを知ってか、知らずか。


「ごめんね。本当に大切なコなんだよ」


さらりとそんなことを言って、話を終わらせてしまった。


「お待たせ」


携帯を机に置いて。


少女の横に立つと、手のひらを見せた。


「どうぞ。子猫ちゃん」


義人のエスコートだった。


それは正式なものではなく。


そっと、姫に手をさしのべるような仕草。


少女が指をのばす。


それを優しく受けとると。


気づいたように義人が言った。


「ね、ついでに一緒にツリーを見ようよ。俺もクリスマスに参加したくてさ。君のホストが迎えにくるまで。ね?」


いたずらっぽく笑う。


少女がうなずくと。


「ありがとう。じゃあ行こうか」


ドアを静かに開いて。


二人はホールへと歩きだした。


fin

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